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出かけてきたよ⑧(親族訪問②)

実家から、今日も出かける。
故人となった親族の大好物を手に、親族宅を訪問するためだ。

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先の”おじ様”と同様、遠方に暮らしていながらも
私達家族は、その故人となった親族(以下、おっちゃん)の
最期のひと月に、一時帰国中居合わせることができた。

虫の知らせだったのだろうか。
一時帰国を見送ろうかと思うような色々なことがあったにもかかわらず、
急にその夏も、海を渡ろうと思い立ったのだ。

当時、入院していたおっちゃんのお見舞いに行く前に、親族にたずねた。
本人が喜ぶものは何か知っていたが、
それらを見舞いとすることが病院のポリシーに合うか。
また、おっちゃんが差し入れを楽しめる体調なのかを
確かめたかったからだ。
「あのねえ、hikariちゃん。もうね、あんたの好きなもん、
 何でも持っていって。ありがとね~。」

あの人がね、それを受け取れるんは、今しかないんやから。

そうか、おっちゃん、長くないんやな・・・。
私は、切なくなった。
ならば、本人が一番喜ぶもの、今欲しいものをお見舞いにしようと思い、
何が欲しいかたずねた。

「ああ、そりゃ。あれよ、いつものゴボ天」
でも、そのゴボ天を売っている店名・住所を、親族は知らないという。
「あのね、阪神御影降りてすぐんところに、いくつも店が並んどって。
 その中で、人がぎょうさんおるところやわ。」

なんか、むっちゃアバウトやな・・・!?

でもまさに、そのお店はそのとおりのところにあるのだ。
駅を降りてすぐのところを歩いていくと、たくさんのお店が並んでいる。
昭和感いっぱいの商店街。
その中に、数人以上のお客で賑わっているお店があれば、それだ。

ずいぶん昔から、人々に愛されたお店とのこと。
私は一通り、ここのお店のかまぼこ・天ぷらをいただいたことがあるが、
どれもおすすめしたい。とっても美味しいから。

ここのゴボ天(ごぼう入りの練り物)をおっちゃんはこよなく愛していた。

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お見舞いに来た私に、おっちゃんは開口一番、こう言った。
「hikariちゃん、わし、こんな辛気臭いとこ嫌やわ。
 元気ない人ばっかりやんか。」

なに言うとんのよ~。ここ、病院やで😅😆😂
おっちゃんも、”元気ない”状態やから、
入院しとんとちゃうの⁉と、ツッコミたくなった。
その一言を引っ込めて、ごぼ天を差し出す。
おっちゃんの目は、俄然輝いた。
「せや、おっちゃん、元気でいてや。これ、食べてな。」

お医者さんに許可を得てから食べて・・・という私の言葉なんか、
聞いちゃいない。
おっちゃんは、あっという間に一つ、食べてしまった。
「あ~、ごっそさん。
 hikariちゃん、わしのお昼、食べてってな。
 ここのは、美味いらしいで。」
・・・・・・いや、そら、あかんやろ😅

おっちゃんは、提供される病院食を受け付けなくなっていたのだ。

おっちゃんは、自分が長くないことを知っていた。
「最後のわがまま、させてくれや」
と、家族も暮す自宅で死ぬことを切望していた。
周囲は、その願いを叶えるべく、奔走した。
そして、自宅でおっちゃんを看病できる体制を整えた。

私がお見舞いした日からほどなく、おっちゃんは退院。
その次の日。
おっちゃんは、住み慣れた部屋で静かに亡くなった。

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あれから、数年経った。
駅近くのお花屋さんで、きれいな仏花を見つけた。
暑い最中は、墓地近くのお花屋さんで仏花を求めるのが常だったのに。
その日は、そのお花屋さんで買った。

ふとお花屋さんの看板を見て、びっくりした。
「〇〇花店」
おっちゃんと同じ名前、〇〇だった。

おっちゃんと、親族宅、そして私の実家に、
たくさんのかまぼこと天ぷらを買う。
それを手に、電車待ちしながら、何気なく空を眺めた。
「!?」

これまでその駅を利用したことが何度もあるのに、気づかなかった。
「〇〇~」
おっちゃんと同じ名前の入った看板が、青空と一体になっていた。

二度にわたって、おっちゃんの名前を目にして、私は気づいた。
「見守ってるよ」と、サインを送ってくれたんやな。

ありがとう。
お供えするゴボ天、楽しんでな、おっちゃん。
明るい空で、元気におってな。


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