「時空を超えて出逢う魂の旅」特別編 ~琉球⑤~
神の取り計らいで、ノロ(神女)として生きる「光」
龍神の招きで、光は朝日昇る海近くの御嶽に向かって旅立つ。
辺り一面の空、鮮やかな藍が広がっている。
「光」は、微かに赤味さす空へ、歩をすすめる。
今回の「籠り」は、龍神の招きによるものだ。
龍神との最初の出会いは、ノロ(神女)の修行が始まってすぐの頃。
日照りが続いたため、農作物の出来を憂い、
王国から大主に、雨乞いの祈祷の依頼があった時だ。
大主はいつものように、養女(姉様)の一人に自分の代行を命じ、
光はその介添えを務めることになった。
辺り一面、黄味が入りつつある稲が広がっていた。
水満ちていたはずの田は、割れた地面が表出していた。
慣例に従い、光は姉様の祭祀の準備を整え始めた。
そこに突然、天より問われた。
”おぬしら。何をしておるのだ”
光は思わず、天空を見上げた。
墨色の龍神の御成りだ。
姉様達は、手を休めず、供物を整えているばかり。
龍神の降臨に気づいたのは、どうやら光だけのようだ。
”これはこれは、龍神様。
日照りが続き、田に水が無くなったため、
民より、雨乞いの祭祀を依頼されております。”
龍神の眉がわずかに上がる。
”娘よ。なぜ日照りが続くか。考えたことはないか”
”龍神様。日照りが続く、理由があるからでございましょう”
”いかにも。その理由とは。何かわかるか?”
”はい、龍神様。日照りがこの地に、必要であるからかと。”
”そういうことだ。この世の現象は全て、必要とされるものしか生じない”
”有難きことです。人間にとって都合がよいばかりでなく、世に遍く、
つりあいが大切ですね”
”娘、おぬしの名は?”
”光と申します。今後どうぞお見知りおきを、龍神様”
その日以降、龍神は時々、光を御嶽に招くようになった。
王国内に、御嶽は方々にあった。
大主の代行を務める養女達は、身を浄め、修行をするため、
または神に召されて、御嶽に籠って祭祀を行った。
山の神の誘いあれば、山中の御嶽。
風の神の誘いあれば、風薫る丘の御嶽。
川の神の誘いあれば、煌くせせらぎの御嶽。
泉の神の誘いあれば、清泉ある御嶽。
大主の前代のノロの墓も、御嶽であった。
自然の神々、人々と繋がり、仲立ちをすること。
それが光達、ノロの役目だった。
一面に、海が見晴らせる地についた。
龍神が光に指定した御嶽は、すぐ近く。
海面は朝陽に照らされ、黄金色に輝いている。
龍神は、光の来訪を、心から歓迎しているのだ。
この世に生まれて以来、光は人間との縁に、恵まれなかった。
人々から受ける、辛く苦しい思いから自分を守るため、
光は自らに結界を張り、交流を断つのが常だった。
1つ上の小姉様。そして大主の実子である白花。
この二人以外を除いて。
光は幸い、神々との縁には恵まれた。
これからも、私は神と共に生きる。光はそう、決めていた。
生家での生活と、大主は、光に深い闇を与えた。
強欲、悲嘆、絶望、欺瞞、空虚、苦悩。
大人たちはありとあらゆる、汚れたものを光に見せたのだ。
光は、それに取り合わないで生きてきた。
嵐の中、ひたすら風雨に耐えるように。
ある時、優しい霧雨の神が光に教えてくれたのだ。
”ねえ、光。あなたが見たもので、汚いものは一つも無いのよ”
光は思った。とんでもない。お蔭で私は、汚れ切ってしまっているだろう。
”あなたはね、これまで美しいものしか、見ていない”
美しいものが、姿を変えたものにすぎないと。
欲に生きた、生みの両親。人間の弱さの全てを持つ、大主ですら?
”この世界には、一つの物しかない。それは、愛”
思い出したい、真実。
しかし、それは理解し難い。
霧雨の神よ、なぜ、愛はあのような化身となっているのですか。
”あの方々は、あなたにそのことを思い出してもらうお役目を果たしたまで”
さあ、光。あなたを包みましょう。
光の頬を伝っていた涙は、穏やかな霧雨が拭ってくれた。
光は、龍神が招いた御嶽に到着した。
東へ開けた洞窟の中。奥には小さな泉から、清水が湧いている。
御嶽は、男子禁制、部外者の立ち入りは一切許されない聖地。
2日に一度、光へ食料を運ぶノロ(姉様)以外は。
これから光は一週間ほど、1人で過ごす。
心身を浄め、時折訪れる龍神と対話するのだ。
「籠り」の際、神には、生まれたままに近い姿で接することとなっている。
光は、薄い白の単衣に着替えた。
日が、高くなったのだろう。
洞窟の中は陽が差さなくなり、程よく涼しさを感じるようになった。
そして、空が茜となる。初日は穏やかに過ぎた。
2日目、小姉様が光に食料を運んできた。
しきたりで、御嶽に籠っている者の姿を見てはいけないため、
そっと、包みを置いて去っていった。
”御嶽では、ノロは神と共に食事をする”とされることから、
一人分にしては多めである。
光は、包みを解いただけで、体が満たされてしまった。
ふと、小さな別の包みがあることに気付く。
開いてみると、小さな菓子が入っていた。
白花だ。いつも光が自分にくれるものと同じものを、届けたかったのだ。
微笑ましく思った束の間、気配を感じた。
龍神様、いや、違う。他の神でもない。
暗闇の中、雲の合間から月光が差した時。
光は目を見張った。
月の光を受けながら、星空と漆黒の海を背に、
一人の男性が洞窟に座る自らを、真っ直ぐ見下ろしていた
(次編へ続く)
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