「時空を超えて出逢う魂の旅」特別編 ~琉球④~
神の取り計らいで、ノロ(神女)として生きる「光」。
育児放棄した大主に代わり、「白花」を光は育てる。
光は、ある家族の祭祀を命じられた。
陽が差さない、暗い家屋内。
陰鬱な主人と、怪しげなその妻を見るのも厭わしい。
光は、目を外にやる。
高熱で臥せる坊の寝所の外に、古木が見えた。
その木に宿る木霊に、光はたずねた。
”木霊殿。一体、この家の中で、何が起こっておるのだ”
木霊はすぐに、応えてくれた。
”10年ほど前だったか。
主人が連れ込んでいた愛人が産んだのが、その坊さ。
妻との間には、子どもが無くて。
後継ぎが必要だったところに、男の子が生まれたんで、
そりゃあ、主人は喜んでいたね。
愛人は、主人は言葉通り、妻と別れて自分と結婚してくれるものと思い、
身一つで、この家に来た。
ところが、子どもが生まれた途端。
主人は、「そんな約束など無い。子どもは置いて、早く出て行け!」と
愛人に言い放ったんだ。
そして自分の妻に、その坊を育てろと押し付けたんさ”
高熱を出している坊の体の上には、
この家の大人の汚い欲、恨みがのしかかっていたのだ。
光は、昏睡状態の坊の魂を、呼びおこす。
”坊よ、お前はなぜ、自分を閉ざしておるのだ”
坊は、ひどく大人しい男の子だった。
モジモジと、小さな体をさらに小さくして、はにかみながら、囁いた。
”光様、これ以上、生きていたくないのです。
お腹に宿った赤子が生まれさえすれば、自分は貧乏と不幸から逃れられると
企んだ人から、ぼくは生まれました。
それも相手は、子どもが生まれるようなことをするのが大好きで、
たくさんの人とそれをしては、周りの人を悲しませる人です。
その上、自分がこの家を出ると食べていけないから、
ぼくのこと大嫌いなのに、大切にしているふりをして、
陰でぼくを虐める怖い人も、ここにいるのです。
どうか、光様。
ぼくが光に還るのを、止めないでください。
これ以上、この人達と一緒にいたくない”
さすがの光も、坊の切なる訴えに、言葉に窮した。
傍らに控えている、愛らしい白花を、思わず見やる。
深い闇の中に咲く、白い花。
光は、言葉をつなげた。
”坊よ。そなたは、解き放たれてよいのだ。
あらゆるものに、惑う必要は無い。
ただ生きよ。
生きるのに、理由なぞ要らぬ”
重たい空気の流れる坊の寝所から、早々に辞する時。
両手いっぱいに汚れ物を抱えた下女と、すれ違った。
下女は、光に気を留めなかった。
しかし光は、下女が誰か、すぐわかった。
生母だった。
容色の衰え、魂の濁りが著しく、別人のようだった。
まさかこの家屋に、しがみついていたとは。
そうであれば、あの坊は、自分の・・・・・。
やはり光は、まだ少女でしかなかった。
あまりにも色々なことが起きた家屋が、見えなくなった頃。
ようやく、息をすることができるようになった。
今日はそのまま、屋敷に帰りたくない。
荷物持ちの姉・妹様達を先に帰し、
白花だけを連れて、暮れなずむ空の下、さらに歩いた。
道すがら、いつも忍ばせている甘い菓子を、
白花の可愛らしい口元にいれてやった。
「光姉様、白花はもう、眠うございます。」
華奢な光の背に、そっとやさしく、白花は背負われた。
白花は、心得ていたのだ。光の泣き顔を見ぬように。
背中に、甘やかなあたたかさを感じながら。
光は、いつまでも、いつまでも、歩き続けた。
この世に、生まれることとは、何か。
この世に、生きることとは、何か。
我はなぜ、なおも生きているのか。
やがて白花は本当に、やさしい寝息をたて始めた。
暗闇の中、月の光は、二人を穏やかに照らしていた。
自らの力と、自分の意志で、生きること。
光は、人はどんな境遇に生まれついてもそれが必要であることを
これまでの人生で学んだ。
ノロ(神女)は、神と繋がる自らの力をもち、
その意志は、当時の王国、男達にも曲げられることがなかった。
たとえ孤児出身、女性であっても。
光は、ノロになってから、自分が知っていたことを思い出す。
太陽の神、御嶽の神、風の神、海の神、月の神、作物の神。
この世界には、たくさんの神が住まい、舞っている。
まず、自分の身体と自分の心を繋げる。
次に、心身繋がっている自分から、神に繋がる。
神と繋がった自分は、共に空高く、遠くまで飛翔する。
星の瞬きの中を、どこまでも。
空の上は、歓喜しかない。
悲しみ、絶望、苦しみの無い、光満ちた世界。
「光姉様、明日、お発ちですね。」
几帳面に畳まれた白い単衣を手に、白花が立っていた。
いくつになっても白花は、光には甘えん坊だ。
しばらく屋敷を空ける光姉様が、恋しくてならない。
「うむ、白花。龍神様に召されておるゆえ。」
光は、隠し持っていた珍しい色の勾玉を、白花に握らせる。
「そなたへの、護符だ。」
整った鼻筋の顔が、途端にほころぶ。
血の繋がりは無いが、互いに寄り添って生きてきた、不思議な縁。
匂玉よ、どうか私の不在、白花の身を護りたまえ。
翌朝、日の出と共に光は、朝日昇る海近くの御嶽に向かって旅立った。
(次編へ続く)
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