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アラサー女のとある秘め事



自宅以外でその場所に入るとき、必ず守っている決まり事がある。

その場所へ足を踏み入れたら、まずすれ違う人と挨拶を交わすこと。
これは職場での話で、公衆の場では適用外であることが多い。
導入に記載したけれどそこまで重要事項でもない。

兎にも角にも重要なことは、
「真ん中」のドアを目指すことである。

もちろん空いていればの話だ。


遡ること十数年前。
まだあどけない私は『トイレの花子さん』に夢中だった。
知人宅へ遊びに行っては『トイレの花子さん』のビデオを鑑賞し、怖い話に肝を冷やしつつも、ミステリアスな風貌とは裏腹に優しく正義感溢れる花子さんに憧れを抱いた。
その日もいつものようにアニメを観ていた。そして見てしまった。
古い記憶の中で「3番目のトイレ」にまつわる怖い話だったことは覚えているものの、何を根拠に人生を変える程の恐怖を感じたのかはわからない。

あの日から、私は「左右から数えて3番目」のトイレに入れない呪いにかけられているのだ。

なぜ左右から3番目なのか。ストーリー上で左右どちらから3番目だったかすら覚えていないという、なんともアバウトな理由でしかないのだが、私はいまだにその決まり事を律儀に守っている。

ただし、混んでいる場合や他の個室が埋まっていることもあるので、そんな時に呪いなどとは言ってはいられない。もちろん魔の3番目に腰を据える。
その時に湧き上がる不安とうなぎ上りの心拍数といったら尋常ではないので、やはりこれは呪いなのだろう。


正直、この秘め事によって得したことはまだない。

日常での習慣や決まり事は、長年続けたことによる産物を人間に与えてくれるものだろうに、唯一身に付いたのは咄嗟に入る個室を見極める瞬発力くらいなものだ。

私は自問する。何故こんな自縛とも言える呪いに抗えないのか。

そして気付くのだ。今日も狭く閉ざされたこの空間で、ささやかなる無駄な時間を過ごしているということに。






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