恋が終わる瞬間の孤独
恋の痛みを忘れたいときは、次の恋愛をすればいいと誰かが言った。
それは「嘘」の言葉だと私は思っている。
塗り替えられるような淡い色なら、最初からその気持ちを育てようなどとは思わなかった。コントロールの効かない重さが、きっと恋なのではないかと私を突き動かしたのだ。
恋のスピードと重力は比例しないけれど、そのエネルギーの威力といったらすさまじく、常時噴出しようと箱を圧迫し肥大させていく。
行き場のない熱量を自分の中に閉じ込めて、ただ焦がし尽くすしかない苦しみを、別の誰かに向けたところでそれは溶け出していくことしかできないのに。
ひたすら燃え続け、いつしか灰になっていく心と最後まで顔を突き合わせていくしかない。それが誰かを想うという責任であると思ったし、ひとつの恋を味わうということでもあると思った。
「じゃあ、その痛みをどうやって終わらせるの?」
誰かが私に聞いた。
それが一番の問題で、普遍的なテーマでもある。
苦しみのあまり無理やり灰にしてしまえば、その残骸は錆となってこびりつく。例え幸せなエンディングを迎えようと、最後にたどり着く思い出の先はそう大して変わらない。恋の後味に美味しいだけのものなどありはしない。
いたるところに残された跡は生々しく、それは遠い昔の傷を何度もえぐり、その度に細胞が皮膚を蘇生させた名残なのである。
今まさにその傷口から滴り落ちる鮮血は生臭く、どくどくと生きる音すら感じさせるのだから、終わりなんて本当は無いのかもしれない。
それでも不思議なことに、まるで拷問のように、人は何度も恋をする。
誰かに、モノに、才能に、何かに、焦がれてしまう。
それはきっと、永遠に。
母が子を産む痛みを忘れて仕舞っているように、
人は恋の痛みとやらもどこかへしまっているのかもしれない。
その痛みはいつしか血肉となり、身体の中に、頭の中に、
やがては神経を通り抜けて目や鼻の先にまで到達し、
少しずつ形を変えて私の世界の一部となる。
彼の目が、輪郭が、指先が、声が、
複雑な経路を描くように身体中を駆け抜けて、
かき回されて、表情、匂い、爪の形、皮膚となって、
その頃にはもう、彼の面影など私の中に残らないだろう。
今日も自分の息遣いと血の鼓動を感じながら、昨日まで動脈のように太く色濃く通っていた彼の記憶が、いつのまにか静かに寝息をたてて遠のいていくのがわかった。
ああ、燃え尽きたんだ。
少しずつ私の中へと混ざり溶けていく彼の記憶を掘り起こして、
彼の笑顔を、声を、反芻する。
それは悲しいような、優しく撫でられているような。
不思議と柔らかな気持ちで満たされて、無性に泣きたくなった。
誰がなんと言おうと、これは私なりの恋だったのだ。
マグマのように蠢くエネルギーが飛散し、その破片が自分を、そして彼をも傷つけた。
包むような、暖かい情が正しい恋なのだとしたら、それを彼に与えることはできなかった。それでも。
この瞬間、地球のどこかでチンパンジーやらカバやらがくしゃみをしてくれたらいいのに。
頬を伝う一粒の涙が、何者かの鼻をくすぐる花粉のような風となって届いたなら、この孤独もまぎれるような気がした。
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