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宇喜多の捨て嫁 -読書note vol.1-

全く個人的な話だけど、今年の3月までブラック企業で社畜をしていた。
紙媒体の印刷業という斜陽産業であることと、企業の経営体質があまりにもアンポンタンであったために見切りをつけて、三行半を叩きつけた。

そんな経緯で6月からWEB系の職業訓練校に通っている。
今日の一冊は、この職業訓練校に通う生徒さんから教えてもらったもの。
その生徒さんはこの作品の著者:木下さんと以前に同じ職業訓練に通われていたことがあるんだとか。
生徒さん自身は本は読まれないらしいが、自分が歴史が好きということで情報をくださった。

ひょんな縁から出会ったこの一冊、ものすごく面白い。

裏切り、暗殺上等の戦国の梟雄というイメージが定着している「宇喜多直家」を題材にした作品。
直家に関わる登場人物の視点から描かれる6つの短編から成る今作は、それぞれが絶妙に絡み合いながら戦国の梟雄としての直家とは違った直家像を浮き彫りにしていく。

以下ネタバレ含むので、興味のある方はまずご自身で作品を読んで頂くことをおすすめします(^^)


宇喜多の捨て嫁

政略結婚により、三星城主「後藤勝基」へ嫁ぐことになった直家の四女「於葉(およう)
於葉の姉たちも同様に他家へと嫁いだが、その嫁ぎ先は父:直家の謀略、調略によって滅ぼされ、姉たちはその犠牲となった。

娘を調略の道具としか見ていない父に、於葉は強い嫌悪を抱いている。
直家のそういった振る舞いを知る嫁ぎ先の嫁取奉行:安東相馬は於葉に面と向かって言う。
碁に捨て石という考えがあります。一石を敵に与えて、それ以上の利を得るというもの。(略)正室や己の血のつながった娘さえも仕物(暗殺のこと)に利用する。これを言葉にするならば、捨て石ならぬ・・・捨て嫁

事の一部始終を於葉の口からきいた直家は嬉しそうに笑い、於葉に問う。
「もしわしと矛を交えることになれば、姉らと同じ様に嫁ぎ先に殉じるか?」
於葉は首を横に振る。
「父上と最後まで戦い、そして勝つ」
捨て嫁とも呼ばせない。自分は調略の道具でもないことを自身で証明することを於葉は強く心に誓う。

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前述のような父娘のやり取りから始まる今作。
父を憎む娘と、娘の憎しみを寛容に受け入れる父。
直家の言葉にある種の温かみを覚える於葉。

嫁ぎ先の後藤家で起こる出来事もスリリングで、クライマックスの緊迫した描写も素晴らしい。
この短編のラストが、文庫の最終話「五逆の鼓」のラストへ重なっていく作りも秀逸。
この短編で描かれるのは、いわゆる権謀術数に長けた直家像。

無想の抜刀術

直家の祖父「宇喜多能家」は「島村盛実」と並び浦上家の二柱と言われる実力者だった。
幼い八郎(直家)に這い寄るムカデを刀で短刀で床に縫い付けた能家は、八郎が無意識のうちに玩具の刀に手をかけ、鞘から半身ほど抜いていることに気づく。
能家曰く、それは相手の殺気に無意識に反応する「無想の抜刀術」という技だった。

大きな力を持ちすぎた宇喜多能家は、謀反の疑いをかけられ主家:浦上家の命を受けた島村盛実に暗殺される。

一戦もせずに遁走した父にも捨てられ、母と八郎は辛酸を舐める生活を余儀なくされ、行き場をなくした母子は浦上家へ再び仕官し、逆賊宇喜多として蔑まれる母は八郎に戦場での手柄を求める。

とある戦場で、祖父の仇である島村盛実とまみえた八郎は、能家暗殺の真実を知ると共に、初の手柄を挙げる。

八郎の手柄を喜んだ母だったが、その兜首から見つけてはいけないものを見つけてしまう。
八郎に真実を迫る母。
結果次第では八郎の首を刎ね、自分も毒を飲むという。

真実を告げた八郎の首へ、母は刀を振りかざす。
その刹那・・・。

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微睡の中の夢として、過去の出来事を直家自身の回想形式で振り返る短編。
戦国の梟雄と言われる直家の、純粋無垢な過去が描写される。
シリーズ物で例えれば、戦国の梟雄の知られざる過去「エピソード0」的な位置付けになるか。
権謀術数で怖れられた直家の、まさに始まりのお話。
直家は母とのこの出来事を一生背負いこんでいく。
純粋な八郎と、回想視点から八郎へ語りかける直家の距離感に一抹の寂しさを感じる。

貝あわせ

逆賊宇喜多と家中で誹られた直家も、今は乙子城城主となっていた。
家中筆頭は能家を暗殺した島村観阿弥(盛実)
次席は中山備中(信正)であり、直家の正室:の父でもあった。

富の腹には子が宿り、慎ましくも幸せな日々を送っていた。

主:浦上宗景とその兄:浦上政宗の対立により、直家の乙子城は尼子の手勢に囲まれる。
当時の尼子家には新宮党と呼ばれる精鋭集団がおり、軍事力は西日本はおろか東日本の今川や武田も凌駕すると言われた家である。
さらに多勢に無勢の様相であり、勝ち目はほとんどない状況の中、直家は身重の富を逃がす陽動として死を覚悟して討って出る。

その時、目の前に迫る尼子勢の後方から砂塵をあげて近づく軍勢があった。
舅の中山備中の軍勢である。
話を聞けば、中山備中の城も同様に尼子勢に囲まれていた所、島村観阿弥が駆け付け尼子の囲いを解いてくれたとのこと。

そのおかげで中山備中は乙子城へ駆けつけれた形となり、直家は初手柄の時に続いて島村観阿弥に助けられた形になった。

直家と島村は形の上では仇敵の関係ではあるが、島村は直家のことを買っていると舅から聞き、また直家も祖父を討たれた憎しみは薄れ、超えるべき壁という風な印象を持ちつつあった。

お互いが家臣の手前、それを表に出すことはできなかったが。

対尼子家の手柄によって奈良部城を新たにもらい、富との間には4人の子ができた直家。
富と4人の娘は人質として主:浦上宗景の天神山城へ登城している。
舅:中山備中との関係性も良好である。

ある日宗景は直家を天神山城へ呼びつけ、四女「於葉」をネタにして思いもよらない命を下す。
「中山備中に謀反の疑いがある為、誅殺せよ」
「島村観阿弥も備中に手を貸している」

於葉を人質に取られてはどうすることもできず、承諾する他なかった直家。

全てをやり終えた直家に、宗景は残酷な言葉を放つ。
「妻と娘たちの処刑について」
背筋に冷たいものが流れる直家に対し宗景は言う。
「おまえの妻と娘たちであると同時に、中山備中の娘で孫でもある。
反逆者は三族皆殺しが定法であろう」

あまりの出来事に腰を抜かして足元に這いつくばる直家に対して宗景は言う。
「安心せい、処刑はせん。する必要がなくなった。」

妻:富は喉をついて自害していたとのこと。
「こたびは父の独断。夫と娘たちには何の咎もない」という助命嘆願の書置きを残して

後日、奈良部城での法要の日、直家は自分の身体に中山備中と島村観阿弥、そして富の名を刀で刻み込む。
そして読経に合わせる様に主:浦上宗景の諱を何度も何度も復唱した。

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初手柄を挙げて城持ちになった後の直家の話。
八郎と呼ばれた頃の純粋さをそのまま残して大きくなったような直家。
妻:富との慎ましい生活と舅:中山備中との微笑ましい日常が、宗景の一つの命によってガラガラと崩れていく様は、読んでいて胸が苦しくなる。

表面上仇敵となっていて腹を割った交流がしにくい直家と観阿弥の距離感も絶妙である。

純粋な八郎が梟雄となっていく理由の多くがこの短編に詰まっていると思う。詳細を書くのは控えたが、直家と備中、直家と観阿弥それぞれの最期は本編で是非読んで頂きたい。

1話目で父に嫌悪を抱く於葉が描写されるが、その嫌悪を抱く父に変容していくきっかけに、記憶のない幼い日の於葉が関わっているという描写をされていることも芸が細かいなと思う。

あとは浦上宗景の胸糞悪さも秀逸である。

6話の短編の中では個人的に一番好きな話。


6話中まだ3話しか書いていないが、気づけばかなりの長文になってしまったので、残りの3話は次回にしたいと思います。

長文にお付き合い頂きありがとうございました(^^)

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