猪苗代からかかってくる恐怖の電話と「家族」のあり方について
「もしもし、私、お母さん。今、猪苗代湖にいるんだけど…」
時刻は夜11時。学校で流行っていたメリーさんの怪談よりよっぽど怖い電話がかかってくる。
猪苗代湖は私の故郷・福島のど真ん中にあるでっかい湖で、昼間は観光客なんかがいて賑やかだが、夜になると人気はなくなり、あたりには打ち上げられたアヒルのボートか、お土産屋の前に置いてある梅宮辰夫の像(わかる人にはわかる、懐かしの「梅宮辰夫漬物本舗」の像である)くらいしかない。
そんな怖い場所で母は一人、佇んでいるのだという。怖すぎるだろ。
電話を受けた小学生の私は「どうしてそんなところに行ってしまったの」など無粋なことは聞かない。理由は明確で、数時間前に母と父は派手な大げんかをしていた。いつも母は限界点を超えるとフラッと車に乗り、爆音で山口百恵ベストをかけながら緑の中を走り抜けて行ってしまう。
「ちょっとコーヒーでも飲んで帰るから…」
母の声はこの状況に酔いしれている感はあるものの、先ほどと比べるとだいぶ落ち着いている。物言わぬ梅宮辰夫像が母の心に寄り添ってくれたのかもしれない。
我が家の夫婦喧嘩は口論がメイン。お互いの絶対に触れられたくないクリティカルヒットポイントをつつきあっては激昂したり怒り狂ったりしている。連れ添ってから知り得た悪口の限りを投げつけ合った後、それでも状況が良くならない場合はどちらかがしばらく家を出る「家出パフォーマンス」芸に出る。
とはいえ、ここは福島県。
当時ここで一人夜を明かす方法といえば、営業しているのに廃墟化が進んでいる市内唯一のラブホに行くか、「幽霊がスシ詰状態になっている」と言われていた、客より幽霊の方が多いカラオケで一人オールをするか、車中泊くらいなもんだった。全ての選択肢が肝試しでしかない。なので母の家出も、車で往復2時間のほんの短時間のドライブで、決して朝まで帰ってこないことはない。私達姉妹もそのパフォーマンス性には気づいていた。
戻るっていう選択肢しかないのに、それでもわざわざ猪苗代湖に行くのはなんでなのか。こんな夜中にわざわざ車を運転するのは寒いし眠いし怖いし。どうせだったら家にいて父と口をきかなきゃいいだけなんじゃないのか。
小さい頃の私はこの母のドライブが「度のすぎた演出」にしか見えなかったのだけど、今ならわかる。
物理的に相手と距離を離さないと、自分の気持ちがわからなくなってしまうことがある。
家族だからこそ、自分と相手の境界線が曖昧になって、強制的に自分だけを切り離さないと私という人間がわからなくなってしまう。
普段母として妻として、常に誰かしらと接触し続けていた母にとって 相手の声を聞かないで、山口百恵の声だけ聞いて、相手の顔を見ないで、梅宮辰夫像だけ見て。そんな時間がどうしても必要だったんだろうなあ、と思うようになってきた。その証拠に母はドライブの後、(ある程度は)明るくハッピーな母に戻るのだった。
SNSの発達で、四六時中誰かしらと交流している時代から一転。コロナで人と自由に会えなくなってから初めて、自分の将来について急に考えてしまった人がすごく多いと聞く。物理的に一人になると、人は急に(いい意味でも悪い意味でも)自分の輪郭をなぞり始める。
私は大人になってから、初めてこのぼっち時間の重要性や魅力に気づき、一人で旅に出たり、それを発信するようになった。結婚した時は「おめえの席ねえから!」とぼっち界(どこだそれ)から、座席を投げ捨てられてしまうのではとビクビクしていたが 結婚して家族を持ったからこそ、ぼっちの時間を確保しなくては!と思い母のドライブに変わる何かを探し続けている日々である。
△一人旅でも友人がたくさんいるように見せかける画期的な術を見出した私
ぼっちは目を覚ましてくれることでもあるし、嫌なことに気づいてしまう時間でもあるし、楽しいことでもあるし、一言で「最高ですよ!!み〜んなぼっちを楽しもうね〜〜〜!」なんて言い切るのは難しいんだけど。少なくともやっぱり、必要で大切な時間なんだと思ってる。
このnoteは、私が家族の「境界線」について考え始めた「世帯分離めっちゃいいじゃん期」、男性に依存して思い通りにならないと暴れ狂った「オペラ座の怪人時代」、ぼっちに見られるなんて恥ずかしくて耐えられない!「おしゃまなキョロ充時代」 そしてそれを乗り越えて”ぼっち”の楽しさと大事さに気づいて「一人回転寿司がイッチバン楽しい期」に至るまでのお話をぼちぼちと語っていこうと思う。
△自分の似顔絵を描いてもらったが自分の遺影を持ち歩いている女みたいになった時の写真
すごいちゃんとしたnoteを書く風に見せかけて、全然ちゃんとしたこと書けないので、お尻とか掻きながらゆるい気持ちで読んでほしい。書いてるこっちも、今お尻掻きながら文章をひねり出してるから。
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