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「想いをうけつぎ つなぐ」NPOアルテピアッツァびばい/影山宏明さん 委員紹介④ Vol.39

『美唄の未来に夢を描く委員会』の4人目のインタビューは、影山宏明さんです!

記事を通して、メンバーのまちへの想いや委員会の活動についてお伝えできたらと思います。

アルテピアッツァにある「カフェアルテ」でインタビューさせていただきました

かげやま・ひろあき/美唄市の隣まち、岩見沢市出身。『安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄』を運営するNPO職員として、主に広報やカフェの運営を担当している。美唄の未来に夢を描く委員会 委員長

原点となる家族の影響

父親が大工の家庭に生まれ、実際に手を動かしてモノを作るのを近くで見ながら育ちました。また親戚が農家をやっていたので、たまに農作業を手伝っていたのを覚えています。

二人の兄の影響も大きく、地域のサッカークラブに入ったり、小さい頃からファッションやインテリアの雑誌を見たりしていました。それらも今の自分につながっているんじゃないかなと思います。

熱中していたサッカーにも中学までで一度区切りをつけ、高校ではアルバイトをして趣味に没頭していました。卒業後は、プロダクトデザインを学ぶ札幌の専門学校に進みます。小物から家具くらいの大きいものまで、自分で一から考えて実際に作るということをやっていましたね。

同時期くらいにアンティークショップや家具屋に出入りしていて、そこでたまたまアートスクールを紹介いただき、参加することになります。

さまざまな価値観とひとに出会ったアートスクール

そのアートスクールは週に一度、札幌の円山にあるギャラリー兼アトリエのようなところで行われていました。

画家や建築家から農家さんのような方からもお話を聞いたり、実際に手を動かしてみたり。制作の技術を学ぶというよりも、さまざまなジャンルの”アート”に触れて、感性を磨くというほうが方が近かったかもしれません。

参加している方の年齢やバックグラウンドも多様で、その関係性が面白かったですね。「こういう世界もあるんだな」とどんどん惹かれていきました。当時は結構時間があったので、イベントのお手伝いとかもしていました。

アルテピアッツァから美唄のまち・ひとを知る

しばらくして、アートスクールを通して出会った方から、森山大道さんが1970年代の北海道を撮った写真展を北海道各地で巡回するという話を聞き、その一つの開催場所が美唄にあるアルテピアッツァでした。

当時は隣まちの岩見沢に住んでいて、アルテピアッツァ美唄の会場の運営を担当させてもらうことになりました。チケットをちぎる傍ら、写真に映る景色について地元の方からあれこれ教えてもらい、美唄のまちについて知ったのはこのときが初めてだったんです。

この仕事でアルテピアッツァに通ううちに、ここで働きたいと思って、アルテピアッツァを運営するNPOのスタッフとして採用してもらいました。ご縁をいただいてからは家も美唄に移し、今日まで10年以上が経ちました。

はじめはギャラリーにいることが多かったですね。徐々にブログを書いたり、チラシを作ったりするようになり、今では広報担当やカフェの運営などを担当しています。

変わらないために変わり続ける

もう5年くらい前になりますが、報奨旅行(インセンティブツアー)として台湾の方が美唄に数千人来る年があったんです。アルテピアッツァにも毎日数百人の方がいらっしゃいました。これ以前には、これほどの外国の方が美唄に来ることがなかったので、まち全体として受け入れ体制が十分ではありませんでした。

アルテピアッツァとしては、いつ誰が来ても受け入れられる場所でありたい。足を運んでくれた方を常に最善の状態でお迎えできるよう努めています。

若い人の中にはアルテピアッツァに来たことがない方も多いのではないかと思っています。その方たちが来てくれる時にも、変わらず受け入れるために柔軟に変わり続ける。もっと多くの方に知ってもらえるように、新しいことにも挑戦していきたいと思います。

新しいカタチの委員会

美唄に来てから子供が生まれたこともあり、自分の関心がまちへ広がってきました。これまでもまちづくり委員会には参加をしたりして、芸術や子育ての側面からの意見を伝えています。

その中でも今回の委員会は、10〜30代の若者で組織しているという点でこれまでにはない新しい取り組みで、自分が年齢的に上の方の委員会はすごく新鮮でした。市外から美唄に来る人と普段接しているので、自分より若い世代に伝えられることがあるのではないかと思い、『美唄の未来に夢を描く委員会』に参加を決めました。

形だけの委員会でなく、委員にもしっかり任せてもらっているなと感じていて、これまでとは違った動きが見せられるのではないかと、自分自身もワクワクしています。

想いをつないでいく

アルテピアッツァも昨年で30周年を迎えました。

広場にただ彫刻が置いてあるだけでは、草が生え、彫刻は汚れていきます。その間ずっと整備し続けて今がある。今後10年、20年と続いていく時に、これまで大切にしてきた空間を受け継いでいきます。

まちの未来を考えたときも、これまでの美唄をつくってきた先人たちの意思を学び、それを後世につなげていくことが大切だと思っています。このまちの豊かさをつないでいくために、まちも自分自身も変わり続けたい。

編集後記

アルテピアッツァに行くといつも心が落ち着くのは、いつでも変わらないために整備し続けてくださっているスタッフの方たちのおかげだと感じました。本当に素敵な空間なので、ぜひ自分と向き合う時間にでも足を運んでみてください。この記事もカフェアルテで書いています。

→ Vol.42 委員紹介⑤ 聖華高校/大西眞斗さん


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