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女はすぐさまくにゃんとなる

 女はすぐさまくにゃんとなる。甘えた声を出すでもなく、がみがみうるさくわめきたてるわけでもない。ただ、くにゃんとなるのだ。

 あるとき、八百屋の主人が女をたずねた。トマトときゅうり、ラディッシュを山盛りにしたカゴを女に渡すと、女はその場でくにゃんとなった。八百屋はあまりに驚いたので女から野菜の代金を受け取るのも忘れて、さっさと店に戻ったが、あっという間に女のくにゃんが懐かしい。
 
 八百屋は店を閉め、女をたずねた。今度は野菜ではなくシロツメクサの冠とザクロのパイを女に届けた。女はまたくにゃんとなった。女のくにゃんが嬉しくて八百屋はさんざん泣いてその場で死んだ。
 
 女のくにゃんを見た者は誰でも死ぬわけでもない。
 ただひとり。
 古ぼけた寺の若い住職だけは女のくにゃんを見ても死ななかった。死なないどころか住職は女のくにゃんをまっすぐに治そうと仏に祈った。火を焚いて祈った。けれど女のくにゃんは治らなかった。

 女は夜中になると鏡の前で髪をとく。腰骨に手をあてる。女の腰骨は刃を待っている。女の腰骨にあてがう鋭い刃を待っている。
 刃を待つあいだ、女はすぐさまくにゃんとなる。

 電話は鳴らない。
 夜風もふかない。

 鏡の前でも
 鏡の中でも、
 女はすぐさまくにゃんとなる。
 

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