見出し画像

真夏のクリスマス

こちらは、「稀人ハンタースクール Advent Calendar 2023」に参加するために書いたエッセイです。カレンダーをクリックすると、「クリスマス」をテーマにした書き手のnoteを見ることができます。


2004年12月25日。
西オーストラリア州のシャークベイでクリスマスを迎えた。

引用:AUSTRALIA NOW 

オーストラリアのパース生活が9ヶ月目を迎え、初めて遠出を決めた。パースから1週間ほどかけてエクススマウスという町へ向かうキャンプツアーに参加。20人ほどが1台のバスに乗って、海沿いを北上していく(地図の矢印)。途中、ビーチに寄ったり、砂漠で遊んだり、自然のアクティビティーが体験できる。

シェアハウスのブラジル人がこのツアーに参加して「人生を変えた!」と大騒ぎして帰ってきたことをキッカケに、クリスマスの予定がなかった私と友人は同じツアーへ申し込んだのだ。

myトイレ

私は小学生の時からたくさんキャンプを経験してきたという自負で、このツアー参加に躊躇はなかった。「普通」はトイレもシャワーもキャンプ場の施設にあることを想像していたからだ。

パースを出発して数日後のクリスマスイブ。バスが停まったのは、キャンプ場ではなさそうな場所。短い草しか生えてないところに降ろされた私たちがツアーのキャプテンから言われたことは、テントを張った近くに穴を掘ること。穴に用を足して、土をかけるそうだ。みんながあちこちにすると……ん、これ以上はやめておく。

「野トイレだってー!どこに掘ろう〜迷う〜!」
人生で初めて掘る「自分のための穴」。同じテントに寝る友人とも縄張り争いだ。テリトリーを作るかのように燃えた。「そこ近すぎ!」と言い合い、はしゃいで完成した。

夕暮れになるにつれ、灯りひとつない草原ではだんだん視野が奪われてきた。鳥眼じゃなくても徐々に見えなくなって心細くなる。
それに輪をかけるようにキャプテンが「聞こえるか?ディンゴが吠えている」と言った。ディンゴとは、オーストラリアに生息するオオカミと犬の間くらいの動物だ。「結構危険だから気をつけろよ」という話だった。
アバウトだなぁ……と友人と笑った。

すっかり夜になって、あとは寝るだけ。寝る時間にしてはかなり早いけれど、真っ暗で何も見えないし、する事もない。「今から夜は長そうだ」そう思った瞬間、急にトレに行きたくなってきた。やばい、トイレってあれ(穴)?と急に不安になった。昼間、野トイレとして掘った穴は、私の中で完全にイベントだった。本当にその穴を使うなんて半信半疑だった。ただ、そうこう考えてもしょうがない、一人でテントの外へ出た。友達と行くわけにもいかないから。

テントの外は闇。星は出ていたが、なんの役にも立たない光だと思った。myトイレは……真っ直ぐ行けばいいはず。ただ、どこが真っ直ぐかもわからない。目隠しされたまま、テントからmyトイレを探して進む感覚だった。不自由さと焦りがあった。体は引けて、足からそろりそろりと歩いた。

ふと、思った。自分のトイレって目印もつけてないし、こんな真っ暗で見つけられるはずないかも?そうだ、絶対見つけられるはずがない。たとえ見つけられても、テントへの帰り道がわからなくなったら困るし。頭でそんなことを考えていた。そのうち「だったら、もうその辺にしちゃえ」という気持ちに傾いてしまった。ディンゴが来る前に!

翌朝、テントから出てみると、目と鼻の先にティッシュが落ちている。やだー、テントからほぼゼロ距離の位置で私は用を足していたらしい。

そんなクリスマスの朝。

クリスマスの朝食

朝ご飯は簡易的な台の上に、食パン、きゅうり、レタス、トマト、ツナ缶、パイン缶、マヨネーズ、塩胡椒などが並べられていた。ブッフェとはほど遠いが、大自然で食べる朝ご飯は格別な気分になる。

しかし問題があった。それは異常な数のハエ。テーブルに並べられた食材の上に群がっている。奴らは顔の周囲にもブンブンと飛び回って視界を遮ってくる。サンドイッチを作って食べようとすると、口にも入ってきそうだ。

友人は思いついたようにテントに戻り、洗濯ネットを頭からかぶって帰ってきた。ダイソーさんも驚きの使用方法でハエを凌いでいる。まるでムスリムのブルカをまとう女性のように、アゴもとのチャックの隙間から朝食を食べ始めた。草原で白い洗濯ネットをかぶって歩く姿は、どう考えてもエキセントリック。本人は見えないからしょうがないが、私は洗濯ネットが羨ましく、彼女を天才だと思った。彼女を羨望の眼差しで見ていたみんなも変だった。

そんなハエ地獄の朝食だったが、私は最後にどうしてもパイナップルが欲しくなり、缶詰をのぞいた。1、2枚のパインのスライスが残っていたが、その汁には数匹のハエが浮いてい流のが見えた。

ギョッとして、顔をあげて周りを見ると、キャプテンや友人らがニヤリとしている。「食べるのか、食べないのか」を試されている雰囲気を感じた。「食べれると思う?」と聞くと、「ゴミにたかってるハエじゃないし大丈夫よ」と誰かがアドバイスしてくれた。草原に住むハエは、都会のハエと比較してクリーンなのかも?そんなマインドに振られるのは一瞬で、ハエを避けてパインを取り出し、食べてしまった。もちろん「クリーンなハエ」だったから、その後体調不良は起こらなかった。

サメとクリスマス

トイレだとか、ハエだとかクリスマスには相応しくないが、20年前が蘇ってきて楽しく書いてしまった。最後は南半球の夏を感じてもらえたらうれしい。

キャプテンがシュノーケルに行こうとみんなを誘った。それぞれ泳ぐ準備をして集合すると、サンタの格好で現れたキャプテン。上半身は裸だが、赤い帽子と白いヒゲ、短めの赤いズボンだった気がする。そうだ、今日はクリスマスだった!陽気なビーチスタイルのサンタにに興奮した。夏のサンタだ!ビーチにサンタだ!それだけでオーストラリアにいる実感が沸いてきた。

そのままサンタ一行は、シャークベイと呼ばれるビーチへ。名前の通り、サメがたさん生息している。オーストラリアといえばシャークアタックで悪名高いが、ここのサメは小型で危険度が低いと言われて安心していた。全く怖さもなかった。ビーチからずんずん深みへ進む。早く会いたい、ここの主に!!

浅瀬から潜り、目を粉にしてサメを探した。でも、どこにもいない。キャプテンも、少々焦り気味で何度も潜ってチェックしている。想像ではサメにわんさか囲まれるはずだったが、一匹もいないことは想像していなかった。

少し沖にいたキャプテンがみんなの方に向かって、ジェスチャーを始めた。身振り手ぶりを大袈裟に「ここにいた」と言っているようだ。嬉しくなってバシャバシャと近づいたが、またキャプテンが「ゆっくり、ゆっくり」とジェスチャーした。ようやく見れるサメが逃げないようにそっと近づくと、どうやら昼寝の時間で岩場に寝てるという。

みんなが代わる代わる潜ってサメを観察していた。岩場に腰なのか腹なのかををおろして寝ているサメの背中と尾びれをキャプテンが撫でていたので私も同じようにした。「わ、サメ肌……」一見ツルツルに見えた肌は小さな突起物の集まりでザラザラで驚いた。触感は悪かったが、「シャークベイ」で「シャーク」に会えた喜びと海で寝てるサメが可愛くていつまでもサメ肌を撫でていた。



人生を変えたかどうかはわからないが、これっきり「穴」も掘っていないし、ハエにもまみれることはないし、サメも撫でていない。こんな経験でも、人生に訪れるチャンスは一度きり「唯一」の体験をしたと思えるクリスマスだった。


次はYui Kataokaさんにバトンを渡します!どんな話が飛び出すか楽しみ〜。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?