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スマトラ島の温泉をめぐる旅 15日目 サモシール島を出てブキッティンギへバスで移動

まずは昨日書けなかった続きから。
メイン画像の写真の温泉に行った。湖にしか見えないかもしれないが、温泉だ。

本当は近くの町のホテルに泊まり、翌朝行く予定にしていた。
ところが、小さい町でホテルが少なくどこも満室だったので、先に温泉に行くことにした。

湖に突き出した三角形の半島があり、その突端に温泉があるのを旅行に先立ち見つけていた。地図上は道がそこで無くなっているので、岬の突端なのだろう。

地図では温泉は見るからに湖に面しており、絶景の可能性ありと期待していた。

そこに行くまで遠いのと、情報があまりなく行ったら無かったというリスクもあるが、突端がどうなっているか見るだけでも価値がある。


1.岬に湧く温泉

町から岬に向かう道は大きな車が1台通れるほどの道幅しかないが、一応舗装はされている。もっとも、時折穴ボコが空いていたり、砂利道になったりはする。
左手に湖を見ながら田んぼの中を進んでいく。

写真は帰り道なので湖が右手に見える

道端には犬と鶏がウロウロしていて、水牛もいる。

人は結構住んでいるようで、人家や店が一定間隔で現れる。そこでは地域の人たちが団欒している光景が見られ、インドネシアの田舎らしく子供がたくさんいる。

人々の表情から、経済的な尺度では量れない豊かさが読み取れた。田んぼに畑、果物、湖の魚と食べ物に困ることはなかろう。

湖と道の距離がだんだん近づいてくると同時に、岬が近づき岩場が増えるためか、登り下りも増える。
そして、ついに舗装道路が終わり砂利道になった。

わたしは細い上り坂を見て、バイクを諦め徒歩に切り替えることにした。
ちょうどそばに店があったので、頼んでバイクと荷物を置かせてもらう。

すぐかと思ったが意外に遠い。
数百メートル歩くとカラオケの音が聞こえてきて、小屋が見えた。近づくと子供達が湖で遊んでいるの見える。
小屋の売店の女性に聞くと、温泉はまだ先だという。

さらに進んでいく。
本当にこんなところにあるんだろうか心配になり始めた頃、子供たちの歓声が聞こえた。湖で遊んでいるようだ。

わたしは下まで降りて行き、温泉はどこにあるのかと聞くと、「あれだ」と岩場を指差した.そこはただの湖だったが、白く細いパイプの先からお湯がでているようだった。

わたしは早速水着に着替えて入ってみた。
普通に冷たい湖だった。
本当に温泉なのか?と聞くと、パイプから出ているお湯を触らせてくれた。熱かった。
しかも足元が温かく、場所によっては熱い。
底の砂地からも温泉が湧き出ているようだ。

文字通り湖と一体化した絶景温泉

何も囲っておらず、すぐに湖水と混じってしまうのが勿体無い。
海と違って潮の干満がなさそうなので、干潮の時だけ入れる温泉というわけにいかない。常に湖面で覆われている。

それでも、この何もないところがだんだんと素晴らしく思えてきた。
素っ裸でおよぐ元気いっぱいの男の子や、はにかみ屋の女の子たちと話しながら、古代から変わらぬ風景がここにあるんじゃないかという気がして来たのだ。

わたしは湖から上がると、バイクを置かせてもらった売店に戻り、おばあさんにここはとてもいいねと褒めた。
おばあさんに「お前は日本という豊かな場所に住んでいたのにどうしてインドネシアに来たんだ」と聞かれ、インドネシアもインドネシア人も大好きなのだと答えた。
それに対しおばあさんは、苦々しい顔をしながら、「お前はわからないんだな。インドネシア人は悪いし、インドネシアは厳しい場所だ」と言った。
そして機織りを続けた。
その間、息子と思われるおじさんは鼻息を立てて昼寝をしていた。

紅茶を飲み終わり支払いを済ますと、わたしは元来た道を戻っていく。

おばあさんの言葉が耳について離れない。
来る時は豊かな人たちに見えた集団が、土地に縛り付けられ希望を持っても叶わない、絶望し全てを諦めた人たちに見える。伝統家屋や先祖を祀るお墓が、旧態依然とした変化を拒む存在に映る。
その度に、いやいやそういう人もそうじゃない人もいろいろだろうと考えながら田んぼ道を走った。

2.パラパッへ向けはしる

空がだんだん曇って来る。夕方近くなり夕立がくる頃だ。
雨が降り始めるか暗くなりかけたらホテルを探すことにし、それまでは行けるところまで行くつもりでバイクを走らせる。

道は広く状態も良い。
問題は坂道で止まるように遅い大型ダンプと、急カーブに弱い大型バスで、彼らが大渋滞を引き起こしていた。

バイクは機動性が高いので抜かしやすく、渋滞にはあまり捕まらなかった。
そのおかげで18時前にパラパッの港につき、フェリーに乗ることができた。

トゥトゥの港に着く頃にはだいぶ暗くなっていたが、町の様子はだいたいわかっていたので大丈夫だった。

ここまでが昨日の話

翌朝のホテルの様子

3.翌朝トバ湖のビューポイントに行く

トゥトゥからビューポイントまでバイクで30分ほど
途中クネクネした坂や、道が荒れたり1部崩落した箇所を通るが、そこまで問題は無い。

どこが絶景ポイントか分かりにくい。看板やそれらしい構造物がないのだ。
結局、キャンプ場が併設されているのが目印になった。この日の朝は3張りテントがあった。

湖に飛び出ているのがトゥトゥ

4.サモシール島観光

トゥトゥの東3キロほどのところにトモッという港町がある。元々町があり後からフェリーがつくようになったのかもしれない。

ここには、昔の王様のお墓、バタック博物館、伝統家屋がある。そして100メートル以上ある土産物通りもある。
いわゆる観光地だ。

観光客の文化体験
博物館、中に入れる
王の石棺
キリスト教化した近代の墓とアニミズム時代の墓が交じる
祭壇に見える
入口を守るガードマンだろうか

トゥトゥにあれほどいる外国人が、ここにはいない。いるのはインドネシア各地から見学に来たと思われる集団旅行客か、社会科見学の学生。

5.トバの伝統料理の刺身を食べる

ナニウラというティラピアの刺身料理があり食べた。
これは前もって注文しないといけないのと、一人分を作ってくれない(量が多い)ためハードルが高い。
1食3000円以上かかるのだ。
しかも殺菌、殺虫のためか、大量の香辛料に長時間漬け込むので辛い。川魚を生で食べるリスクをか考えれば仕方ないとは言え、わたしは辛い料理が苦手なので、残してしまう可能性もあった。

味はカレーベースで薬味や香辛料がたくさん入っている。
魚自体に臭みはなく食べやすい。
とてもご飯が進むのでおかわりした。
量がとても多く、結局食べきれなかった

12時にホテルをチェックアウトしバイクを返した後、港に向かう途中の教会で結婚式をしていた。

アメリカやインドネシアのテレビ番組のように、司会者のトークの合間に短い太鼓の演奏が入る。
そして、バタックダンスの特徴でもある、合掌した手をカクンカクンとお辞儀させるダンスが入る。
そのうち、特等席に座っている来賓集団と新郎新婦集団の合いの手ダンスが始まった。
手の動きが微妙に違うので、何か意味を持たせていると思われる。
わたしは短い動画を撮り終えると、バグースベイの港に向かった。

パラパッ行きの船はすぐに来た。ここから乗るのはわたしだけだった。

トバ湖も最後になる。たぶんまた来ることになるが、しばらく見納めだ。

船から撮影

港につきトラベルエージェントに連絡すると、バスは18時発となった。

4時間時間を潰すのに、またビールを飲んでしまった。

6.バスに乗る

始発ではなく、メダン発のバスに途中で乗りこむことになった。
トラベルエージェントにピックアップポイントのコンビニまで連れていってもらう。
バスは5分もかからず来た。
メルセデスベンツの高級バス

Pangeranは王子という意味

500キロ、18時間の予定で40万ルピア(4000円)
だいぶ抜かれているかも。
タイミングよくバスを見つけてくれたノウハウ料と考えることにした。

それではこの辺で







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