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宮﨑駿監督『君たちはどう生きるか』"宣伝一切ナシ"の裏事情

2023/07/19 追記
この記事の続編として

をアップいたしました。
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7月14日に公開が迫ったアニメ映画『君たちはどう生きるか』(宮崎駿監督)の鈴木敏夫プロデューサーによると、この作品の宣伝は行わず、予告編も作らず、宣材は1枚のポスターのみとするそうです。

「風立ちぬ」で監督を引退、スタジオジブリが制作チームを解散、解雇してからおよそ9年。再び始動した宮崎アニメの新作だというのに、宣伝をしないという事で各方面から驚きの声が上がっています。

この問題について私は、毎日放送の情報番組「せやねん!」に取材協力しましたが、それを機にnoteの皆さんにも改めて解説していきたいと思います。


◆過去に例がある?

これについて各メディアは大ヒット作『THE FIRST SLAM DUNK』や、庵野秀明監督の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』の例を挙げ、近年では宣伝を抑える手法でヒットすることもあると伝えています。

こうした見方について、一部は正しいですが、『君たちはどう生きるか』の場合は別の事情があると私はみています。

◆宣伝には4種類ある

宣伝と一言で言いますが、もう少し細かく見ると4種類あります。

1 メディアバイイング(テレビスポットCM、雑誌広告やウェブ出稿)
2 クリエイティブ(公式サイト、予告編、チラシなど宣伝物)
3 タイアップ(プロダクト・プレイスメント、商品キャンペーンなど)
4 パブリシティ(舞台挨拶、番宣、批評・紹介記事、グラビアなど)

上記は、その4つを「おカネのかかる順番」に並べたものです。

そして『君たちはどう生きるか』の場合は、少なくとも1と2をやらない、と言っている点に注目です。

3のタイアップは、ジブリ作品だと「魔女の宅急便」がクロネコヤマトと全面協力して大量にCM露出した例がわかりやすいですが、ほかにもエヴァンゲリオンのキャラクターが缶コーヒーに印刷されたりと、メディア嫌いの庵野作品でさえ積極的に行っているものです。

多くの場合、映画側はたいした費用負担もなく露出を増やすことが出来、スポンサー側もブランディングおよび売り上げアップに効果があるのでウィンウィンというわけです。

『君たちはどう生きるか』がそれを今回やるかどうかはわかりませんが、たとえ公開後になってもできればやりたいはずだろうと思います。

◆パブリシティは否定しない鈴木P

そして問題は4のパブリシティで、これはエヴァンゲリオンの庵野監督だろうと今回の鈴木プロデューサーだろうと、絶対に「やらない」とは言わないわけです。

というより、まさかメディアに「報じるな」という筋合いもないわけで、形としては「止めようがない」。

むしろ内心は「たくさんこの話題を報じてくれ!!」といったものでしょう。なぜなら彼らは宣伝をしたくないのではなく、「宣伝費を節約したい!」がホンネだからです。

◆宣伝費をかけずにSNS露出を増やせる「強者の方法」

つまり結論から言えば、「宣伝は一切しない」と発言することで「カネのかかる1と2を節約する」と同時にファンの飢餓感と話題性を高め、むしろ4の「パブリシティ(無料の宣伝)」の露出を増やす戦略だという事です。

さらにいえば、近年ではSNSでの盛り上がりがヒットの助けとなるケースが多いのですが、事前に作品情報を出さない事で、インフルエンサーをはじめとした投稿者が「単なるあらすじ程度でもバズれるゾ」と考え、「一刻も早く見に行って投稿する」状況を呼び込める目論見もあります。

我々プロが、必死に取材して手に入れるようなディープな情報ではなく、映画を見ただけで誰でも書ける浅い情報でもバズれるので、公開直後に短期集中でSNS投稿が増えるわけです。そうした意図的なSNS誘導を行うのは、今では当たり前の宣伝手法の一つになっています。

しかし、SNS誘導も、パブリシティ誘導も、誰でもできるわけではありません。宮崎駿や庵野秀明といった、トップレベルの知名度を誇る金看板がある作品だけに許された「強者の手法」です。

◆鈴木Pの苦しい言いわけ

とはいえここからは『君たちはどう生きるか』特有の事情についてです。

今回、鈴木Pには明らかに宣伝費をかけたくない様子がうかがえます。しかしこれは奇妙です。なぜならこの作品は、宮崎駿の引退復帰作であると同時に、年齢的にも下手をすると最後の作品になりかねない、そうした重大な一本だからです。宮崎駿というクリエイターを支えてきた盟友・鈴木氏にとってもその重要性は同じです。

本来ならば、可能な限り1も2も大量投下して、万全の態勢で世に出したいと思うのが当たり前なのです。

そもそも今回の「宣伝なし」方針にたいして、宮崎監督自身も当初は「それでいいのか?」と疑問を呈していたと報じられています。(宮崎監督側から提案したとの一部報道もありますが、映画監督の自作への執着心を考えると、個人的にその説はしっくりきません)。

鈴木氏は映画宣伝について「決まりきったことを毎回毎回やるって、やっぱり嫌ですよね。ちょっと違うことをやろうよって」などと語っていますが、これは口実だと思います。

「今ね、情報過多なんですよ明らかに。情報を確認するために映画を見に行ったりする。それは実はね、過剰サービスで、お客さんにとってはね、本当におもしろいところを全部、奪ってるようなものなんですよ」

とも言っていますが、苦しい言い訳としか言いようがありません。

本音のところは、「天下の"宮崎駿"の最新作(最終作?)に見合った製作予算と宣伝費用を工面することが出来なかった」が事実だろうと思います。

◆苦しい台所事情

スタジオジブリの全盛期には、一本のアニメ映画に20億円級の製作費をかけていたとの話があります。「もののけ姫」(97年 興収197億円)とか「千と千尋の神隠し」(01年 興収304億円)といった時代の話です。

一方、宮崎監督は今回『君たちはどう生きるか』を、製作開始から6年間も作り続け、ようやく完成にこぎつけました。この制作期間は過去のジブリ作品と比べて異例も異例で、社員を大勢抱えていた時代(年間20億円もの人件費がかかっていた)ならば100%不可能な事だったはずです。

社員制作時代と、本作のように臨時雇い中心による制作体制の違いはありますが、もし当時と同じ計算ならば、20億円×6年=120億円もの純制作費(宣伝費含まず)がかかった事になります。

そうなるとバランス的に宣伝費も数十億円くらいはかけないといけません。それらを回収するためには、興収レベルでいうなら700億円とか800億円くらいにならなければ、採算が取れない計算になります。

どう見ても現実的な数字ではありません。「千と千尋」の頃のジブリ全盛期でも不可能です。

◆かつてと比較して、相当低い予算だと思われる最新作

つまり、6年間ものんびり作ってこられた『君たちはどう生きるか』の制作体制は、かつてのジブリアニメと比べ、非常にミニマムなもの(予算規模も小さい)と推測されるわけです。

なぜそのようなことになるのかと言えば、もはや宮崎アニメといえど簡単にはヒットしない厳しい現実があります。

昨今の興行においては宮崎アニメといえど神通力は落ちており、興収も右肩下がりです。引退作だといって大々的な宣伝を行った「風立ちぬ」(13年)でさえ、120億円がやっとでした。

しかもあれからおよそ10年も経っています。かつてのジブリアニメの最盛期を知る客の多くは高齢化して映画市場から去り、かといって若い新規ファンも大量に参入しているとはいいがたいでしょう。

こうした点を考えると、もしも今回宣伝を全力でやれたとしても『君たちはどう生きるか』の興収は『風立ちぬ』にさえ遠く及ばないはずであり、たとえば期待興収(損益分岐点)を35億円とした場合、制作費(宣伝費含まず)を逆算すれば7億円が限界となります。

しかしここで「宣伝ナシ」戦略を採用し、1と2の費用を大幅に削減できれば、損益分岐点を20億円程度まで下げられ、それより伸びた興収はまるまる儲けになるわけです(もしくは節約分を制作予算アップ=品質向上にあてられる)。

◆宣伝ナシ手法は「賢い」のか?

ここまで聞いて、もしかしたら「なるほど、賢いやり方だな」なんて思った方がいるかもしれませんが、とんでもありません。

宮崎アニメは日本映画界の誇るトップブランドであり、それがこのように、あたかも「敗戦前提」のような節約思想で宣伝戦略を建てざるを得なかった事は、きわめて問題です。

もしこれが順当な経済成長をしている国ならば、「宮さんの復活作か! なら千尋超え(304億円)、いや鬼滅超え(404億円)を期待できるし、やらないとな!」と考え、それに見合った予算を組むことが出来たはずです。

しかし現代の日本でそんなことを業界人が言ったら間違いなく、「そんなの無理だろ(笑)」と一笑に付されます。

不世出の天才・宮崎駿の最新作にして、そのような不当な扱いを余儀なくされるのです。

今回の申し出を、鈴木Pからされたときの宮崎駿監督は、さぞ悔しい心境だったのではないでしょうか。

私も、かつて一世を風靡した宮崎アニメ、ジブリアニメが、このような緊縮志向によって終わりを迎えるとするならば、こんなに寂しい話はないと思います。


2023/7/26追記
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