見出し画像

ホントに好発進?『君たちはどう生きるか』初週の数字を映画批評家が分析したら不安になった件

宣伝をしない方針が話題の宮﨑駿監督「君たちはどう生きるか」が、大ヒットスタートだと報じられています。

しかし、そうした記事のほとんどは映画会社のリリースを丸写しにしたもので、データを独自に分析していないものばかりです。

この件については海外メディアを含むマスコミ数社から私にも取材依頼が来ており、皆さんも気になっているところだと思いますので、今日はホントのところを解説します。


◆メディアに出ている数字にはトリックがある

まず、この映画は宣伝をしない方針だと伝えられていますが、決してそうではない事はすでに下記note記事で解説しました。
https://note.com/maedayuichi/n/n049ab85798e6

次に「大ヒット」報道についてですが、国内興収ランキング初登場1位ということで、一般の方ならそう思うのも無理はありません。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

ということで、さっそくデータを分析していきましょう。まず「君たちはどう生きるか」は、公開4日間で観客動員135万人、興行収入21.4億円を記録したとのことです。

この数字をもってマスコミ報道には、「『千と千尋の神隠し』(最終興収316.8億円)の初動4日間の興行収入を超える記録」「前作『風立ちぬ』との興行収入対比では150%を超える好発進」と、驚くようなコピーが並びます。

しかし、これらの数字にはトリックがあるので、通常、我々プロは鵜呑みにはしません。

◆週末っていうけど2日間? 3日間? 4日間?

まず、最近のマーケティングの常識では最終興収を上げるには1週目のダッシュが最重要、となっていますので、(少しでも数字を積み上げるため)映画は金曜日公開が多いです。ですので、「初週成績」とはたいてい金~日の「3日間の合計」となっています。

しかし『君たち~』は3連休(土~月)の前日(金曜日)公開なので、初週といっても4日間もの通算成績で報じられています。つまり絶対値は「休日1日分」多めに出るのです。

「休日1日分」ってのが結構なボーナスで、一般に、アニメ映画は休日のほうが平日よりはるかに興収が多いのです。

ですので他作品と公平に比較するならせめて「金~日の3日間」に修正しないといけません。すると「君たち~」の場合は動員100万3000人、興収16.3億円となります。

◆4日間ではなく3日間の合計に数字を直すと……

この数字を近年の作品と比較すると、

  • 『名探偵コナン緋色の弾丸』(21年)
    動員153万人、興収22.1億円(最終興収76.5億円)

  • 『劇場版 呪術廻戦 0』(21年)
    動員190万8053人、興収26.9億円(最終興収138億円)

  • 『すずめの戸締まり』(22年)
    動員133万1081人、興収18.8億円(最終興収147.9億円)

  • 『君たちはどう生きるか』(23年)
    動員100万3000人、興収16.3億円(最終興収???億円)

となります。『君たち~』よりも好発進したアニメ作品でも、76億円~150億円まで最終興収は幅があります。少なくとも興収100億円という数字が、まだまだ確実とは言えないことがわかるでしょう(さらなる理由は後述)。

◆「『風立ちぬ』の150%増し」の違和感

次に私が違和感を感じたのは「前作『風立ちぬ』との興行収入対比では150%を超える好発進」と各社が報じている部分です。いくらなんでもそれは多すぎやしないか? と直感したわけです。

そこで調べてみると、『風立ちぬ』の初週成績は動員約74万7000人、興収約9.6億円です。なるほど、「初週」同士で比較すれば、確かに「君たち~」(動員100万3000人、興収16.3億円)のほうが150%以上多いように見えます。

しかし、実は『風立ちぬ』は3連休などではない普通の土曜日の公開(2013年7月20日)で、この数字は「土日2日間だけ」の合計なのです。

『君たち~』の初週が3連休4日間のチート週でなく、もし普通の土曜日に公開されていて、たった2日間の合計だけで初週成績を出していたら、おそらくどっこいどっこいの数字になっていたのではないでしょうか。

いずれにしても「前作『風立ちぬ』との興行収入対比では150%を超える好発進」は、さすがに盛りすぎだと思います(映画宣伝ではよくある事です)。

◆初週にすべてをかけたのに、この程度の数字ではとても楽観できない

さて、「報道に惑わされないデータ分析」を行った結果、この映画は「実際は『風立ちぬ』と同程度の初週成績」と思われ、「100億円はまだまだ確実ではない」ことが明らかになったかと思います。

しかしこうなってくると、おそらく関係者は今頃不安に感じているのではないかと私は思っています。

それは『君たちはどう生きるか』の宣伝戦略は、簡単に言うと「初週に全ステータスを振り分ける」ものであり、それでこの程度の数字では、とても楽観はできないからです。

少なくとも次なる宣伝(追いパブ)の一手を必死に考えていることは間違いないでしょう。

◆2013年とはまるで事なるSNSシーン、そして「批判しない」ネット文化

以前も書きましたが、「情報を出さない」宣伝方針は、SNSのインフルエンサーやマスコミが「明日から公開」「どうやら冒険活劇」「エンディング曲は〇〇が歌ってた」「あらすじはこうだった」程度の浅い情報でも大きく記事にできるため、初週に物凄い量の情報露出が起こりやすい(というより意図的に起こせる)のです。

一方『風立ちぬ』の2013年には共感度最強のSNSインスタグラムは存在すらしませんでした。また、拡散力最強のSNSツイッターは2013年当時より10パーセント以上もシェアを伸ばしています。

こうしたデータからも、「飢餓感を演出することで初週に情報の突風を巻き起こす」効果は、2013年よりはるかに現在のほうが強いわけです。だからこうした手法が成立するのです。

また、今は「チル文化」と称される時代で、特に若者はネットで対立を好まず、作品をあまり批判しません。だから初週にSNS投稿する彼らの投稿の過半数は「見た」=「良かった」の内容に終始します。

数10年前までの「アングラな2ちゃんねる文化」だったころの冷笑的なネット世論とは、まるで様相が異なっているという事です(ツイッターには一部残っていますが、広告的見地からは主流とみられていません)。

こうしたことはマーケティング、パブリシティに携わる者なら常識で、だから今は「SNS重視」なわけです。素人は出来に関わらず勝手に共感し、褒めてくれますから……。

◆まとめ

『君たちはどう生きるか』の飢餓感をあおる宣伝戦略は、初週のSNS投稿増加を狙ったもので、それは見事に成功しました。もちろん、マスコミのパブリシティの露出もすさまじいものがありました。何しろ「明日公開」だけで記事になるのですから、万年ネタ不足のマスコミにとってはジブリさまさま、鈴木Pの情報非公開戦略さまさまなのです。

改めてまとめると、本作の「宣伝ナシ」戦略は「初週の情報露出に全ステータスを振り分ける」ものだったこと。

それは初週の週末が4日間(しかも休日×3)のチート週で、それを見越した戦術だったこと。

しかしそれでも『風立ちぬ』と同程度の結果しか出せなかった、という事です。

◆2週目以降伸びるかは、作品の出来とライバルの強さにかかっている

この後、『君たちはどう生きるか』が伸びて100億円、あるいは前作の120億円を超えられるかどうかは、ひとえに作品の出来にかかっています。

私的には、あまり良い出来とは思いませんでしたが、『風立ちぬ』も似たようなものでしたので、この点では両者にそれほど差はありません。

差があるのは、むしろ来週からのライバル作品の顔ぶれです。

『風立ちぬ』はこの点非常にラッキーで、公開した時点ですでにディズニーの「モンスターズ・ユニバーシティ」は公開3週目、そして「劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ 神速(しんそく)のゲノセクト ミュウツー覚醒」も2週目で力を落としていました。

2週目以降も強力なライバル(客層がかぶる作品)は公開されず、結局8週連続1位を記録し、その間、マスコミも継続的に「1位だ、また今週も1位だ」と報じることになりました。これで最終的に120億円です。

一方、「君たち~」は2週目に「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」、その翌週には「キングダム 運命の炎」、そして3週目には「トランスフォーマー/ビースト覚醒」の3巨頭と勝負しなくてはなりません。

中でも「キングダム 運命の炎」と2週遅れで勝負するのはきついところですが、この3作品にすべて勝利して連続1位を続けることが出来れば、ようやく100億円、そして『風立ちぬ』超えも見えてくると思います。

厳しい道のりですが、健闘を祈りたいところです。

∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞
▼『オモシロ映画道場』8月は関東のみ開催
∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞━∞

今回のようなエンタメ分析に興味がある方にすすめたいイベント。
それが、お笑いライブセミナー「オモシロ映画道場」です。

次回は8月。ギャグ満載で楽しくお送りします。

「それって、どんなことをするイベントなの?」
⇒詳細と参加フォームはこちらです


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?