見出し画像

[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第31話 2つの扉

前回のお話

1週間がもう少しで経とうとしている日曜の午後。

あっという間だった。

明日。

明日が丸山へ回答する期日だ。

ーーーーーーーーー


『やめとけ。』


開口一番、内藤は慎吾の転職を打ち消した。


これからの会社のこと、

一緒に大きくしていく原動力になりたいとの言葉には

心が震えた。

ーーーーーーーーー

『ま、あんたの人生だから。私はとやかく言わないわよ。』


佐々木は一見、つれない態度を取るものの、そこからじっくり居残るように話をしてきた。

ーーーーーーーーー


慎吾は考えていた。


『俺は、何をしたいんだろうか。』


フロンティアワールドに入ったきっかけとなった

今でも部屋に貼ってある

「行くぜ!東北」のポスターが

語ってくる。

『俺はどこに行きたいんだろう。』


そんなことを考えていることすら

自分の中に軸がないようで重いため息が出てくる。


そもそも、自分にとってという考えすら利己的で良くないのかもしれないし、

かといって転職は自分ごとだから利己的にならなくてどうするんだという思いもある。

ーーーーーーーーー

歳上の藤井の言葉は深かった。


『この歳になると思うんですよ。

あれやっとけばよかった。

これやっとけばよかった。

ってね。

誰かの顔色や世間体を気にして

やらなかったことってたくさんありましたよ。

だから、吉田さんには後悔しない選択をしてもらえればと思います。


やれなかったことより

やらなかったことの方が

後悔が大きいんですよ。』

ーーーーーーーーー

藤井の言いたいことは刺さるほどわかる。

本当の意味ではわかっていないかもしれないが、

自分のことを内観すればするほど

不思議なもので反対に外からの目が気になってくる。


丸山の顔が浮かぶ

宮部会長の顔が浮かぶ

両親の顔が浮かぶ

内藤の顔

佐々木の顔

橘の顔

そして

それぞれが何を考え

どのように自分のことを見ているのかも

勝手に妄想してしまう。


なぜだろう・・・。


想像したところで

本人の言葉ではないのに

本人が語っているように感じてしまう。


きっと「そんなことは考えてないよ。」と答えてくれそうだが、

本音では違うとネガティブに捉えてしまう。

勝手に自分で決めつけて

それに対して畏怖を感じる。


『自分は何を恐れているんだろう・・・』


自分が選択することで起こる少し先の未来に対して

ぐるぐると考える自分が情けない。


他者から見れば自分のことなどどうでもよいものだ。

他者の人生の変化などそれほどその人自身にとっては大したことではない。

過ぎ去る時の流れにおける一つの事象として通り過ぎるだけで、

何十年もすれば

誰も

名前すら

顔すら

思い出せないように

何事もなかったかのような些細な出来事に過ぎないのだ。


にも関わらず悩んでいる自分がいる。


『誰かの視点で生きてはダメだよ。』

『自分の人生は自分でハンドルを握って運転しなきゃ。』

『あなたの人生に下書きはない。』


ネットで検索した、悩んだ時のヒントはどれもこれもポジティブな言葉が並ぶ。


そんなことは、言われなくてもわかっている。


いっそのこと全てを捨てて別の道を選びたいとも考える。


だが決められない自分がかったるくてしょうがない。


きっかけがあれば楽なのだが

それこそ他力本願だ。


いっそのこと雑誌を開いて今年の運勢で決めてしまいたいくらいだが

そのきっかけよりももう少し自分の意思が反映されるような

それでいて誰かから背中を押すなり腕を引っ張るなりの少し温かみが欲しかった。


ほとんどやっていなかったFacebookのメッセンジャーにマークが付いた。


冷たい金属の素材のスマホを手に取った。

ーーーーーーーーー

『元気〜?ちゃんと食べてる?下北沢に来たんだけど。』

ーーーーーーーーーーーーーー

大学の同級生だったノブコからだった。


「・・・。で、考え中ってことね。」

スタバのゆずシトラス&ティーのホットが学生の頃から変わらず好きなのは変わっていない。

「らしくないなぁ。慎吾くんよ。」

これも相変わらず上から目線でグイグイ押してくる。

「んなこと言ったって、こういうもんは迷うもんだろう。」

「あんたさぁ、大学院に行くかどうかも迷ってグジグジ言ってたよね〜。
結局行かなかったくせに。」

よく覚えていやがる。

学生の頃、ほとんど勉強しているところを見たことがないのに、ノブコはなぜかいつもトップだった。

今は外資系の企業で広報をしている。

「あのさぁ。久しぶりに近くに来たから声かけたけど、あんたこのままじゃ明日会社休む勢いだったんじゃないの?
ちょっと、私に感謝してよ。」

「・・・うるせなぁ〜。」

「ま、私から言わせれば、答えは簡単よ。

あんたと話してたらわかるから。

あんたねぇ。
もう答え出てんじゃん。

あんた・・・。


行かないでしょ。」


ノブコに言われても『行かない』という選択が本音のところどうなのか自分でもわからない。

そうだとしてもその選択を自分の意思で選ぶことができるかどうかもわからない。

ーーーーーーーーー

「そう思う?」


「当たり前じゃん。思うよ。

あんた、何にも変わってないね〜。

そういう聞き返しも。

大体、こういう時ってあんた絶対動かないじゃん。

っていうか、動けないじゃん。

社会人になってちっとは変わったかと思ったら

全然変わってないからわかりやすいよ。

単純。

た・ん・じ・ゅ・ん。」


コーヒーをテイクアウト用にしたがすでにカップにコーヒーは残っていない。


「あんたが転職しようがしまいが、

んなのはどうだっていいんだよ。

あんたが作りたいものが作れる場所があることが大切なんじゃねーの?」


ーーーーーーーーーーーーー

ノブコは言いたいことだけ散々言って帰っていった。

いつもそうだ。

だが、悪いやつでないことはよくわかっている。

悩んだ時にいつも今みたいにやってきては

『シンプルに考えろ』

というように吐き捨てて去っていく。

後日、俺がどの道を歩んだかを

知るだろうが

その時もまた

今日と同じように接してくるだろう。

そしてまた、その時に悩んでいることを一蹴してくるのだろう。


『作りたいものが作れる場所。。。』


しっくり来た言葉には違いなかった。


ーーーーーーーーーーー

慎吾は明日を待たずに丸山にメールを送った。


『丸山さん

先日はお誘いいただきまして、ありがとうございました。

いろいろ考えましたが、

私は、フロンティアに残ります。

作りたいものを作る


正直、先日のプレゼン。

丸山さんに負けましたが、

丸山さんが作りたいものを作っているというよりも、

勝つためのものを作っているようにお見受けしました。

失礼な物言いですみません。

私は、

自分が作りたいものを

生み出したいものをチャレンジさせてくれる

フロンティアで

チャレンジを続けたいと思います。


お誘い、ありがとうございました。

とても嬉しかったですが、

さらに場数を踏んで

フロンティアで結果を残していきたいと思います。

今後とも、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。』


ーーーーーーーーーーーー

慎吾は

生まれて初めて自分の人生の選択を自分で行なったような

不思議な晴れやかな気持ちになっていることに気づいた。

少し震えながらも

実感する自己の存在が次のアクションにつながるような気がしてならなかった。

ーーーーーーーーーーー

丸山からのメールの返事は

慎吾の7日間の葛藤とは裏腹に淡白なものだった。


『了解しました。お互いに頑張りましょう。』


1週間前のテンションとの違いが

ビジネススピードの違いなのか

そもそもの本質的なものから発しているものなのかが掴めないまま

慎吾の転職騒動から、あっという間に3ヶ月が過ぎた。

サポート大歓迎です。!!明日、明後日と 未来へ紡ぎます。