ABK

50を前に改めて自分探しを始めようと思います。可能性無限大の若かりし頃とは違って、凝り固まった常識や固定観念、そして衰える体力に立ち向かう自分をここにたちあげよう。

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50を前に改めて自分探しを始めようと思います。可能性無限大の若かりし頃とは違って、凝り固まった常識や固定観念、そして衰える体力に立ち向かう自分をここにたちあげよう。

最近の記事

50でも面接できた、たぶん落ちたけど

50で終活を始めました。 先日、面接を受けました。システム構築やシステム導入のPMポジションでした。今まで人事領域とシステム開発領域で仕事をしてきたので、やりたい!という気持ちが生まれてきたので応募してみました。正直、むりだろなと思っていたのに、な、なんと!1次面接します、と。 ほんとに~~~!! 戸惑い半分、うれしさ半分。 転職活動をしているわけではない、今もそこそこ満足しているが、もっと社会の広範囲に影響する仕事をしたいと思っていた。だから求人はときどきみていて、今回

    • 終活とはいえ、明日死ぬかもしれぬのが人生

      50で終活を始めました。 とは言いながら、死ぬ時期を決めることはできないのがまさに”人生” だから、準備をしつつ、今しかできないことをやろう。 それがこの note でもある。 40歳の時 あの時の感情を決して忘れないと思っていたのに、リアルには思い出せなくなっているが、情景は今でもはっきりと思い出せる。 3月17日の朝、実家の母から電話があった。 「●●くんが亡くなったって」 「えっ??」「●●くんのお父さん?」 「いや、●●くん・・・・」 「えっ??えっ??えっ??

      • 両父母との最後の旅

        終活活動を開始したABKです。 77歳と75歳の父母 81歳と77歳の義父母と一緒に 旅行をしました。 実は義父は2年前から病気をして、もう両父母が会うことはないかと思ってました。でも体調が少し良くなり、エイッ!と旅行を決めたのです。 これは最後の機会になってしまうでしょう。 親と悔いなく分かれること、送り出せること、それを自分が受け入れられること、今は想像もつかないけれど、自分の終活には、父母の終活も含まれるということを実感した。父母をどうやって見送るのか。 父母は最後

        • 人生、はじめてだらけ 就職 子育て 転職 終活 年をとってもはじめてだらけ

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          「身軽になる」と決めた

          子供たちの進学のたびに増えてきた荷物 そして手放せない思い出 学校見学でもらったボールペン 必要なものだけにして 身軽になろう あと数年で、実家に帰る予定ということもあるが 将来、便利な場所に住み替えることや 子供たちの近くに住むこともあるかもしれない ずっと今の場所にいることを決めていない以上 身軽になることが最優先事項だと あと半年で 荷物の半分くらいは整理する予定だ まず本 絵本をどうしよう 子供たちを集めた事業をしようと思ったこともあって いずれ絵本を使うつもり

          「身軽になる」と決めた

          生と死と

          極端なタイトルではありますが、昨年くらいから「死」を意識することになりました。「自分の死」について考えることになったというほうがしっくりきます。 現在51歳のわたしは、小学生のころから生と死について考えることが多く、20代で老後のことを考えるような人生でした。自分では目的型思考ととらえていますが、人間のゴールは?と考えれば考えるほど苦しくなりました。 でも、子供が生まれて子供の成長に夢中になると生死について考える時間は少なくなってきたのですが、子供が20歳をこえ、手がかからな

          生と死と

          親は80間近、元気なうちに相続税について話しておこう

          親もいい年、相続税でも調べてみるか、を記事にしてみます。 両親は後期高齢者、まだ元気ですが、今後のことを考えると、相続税についても気になっているようです。両親が元気ということは、一人亡くなっても配偶者控除で今から調べることはほぼ必要ないのですが、知っていることは準備できるということなので、調べておきましょう。 相続税とは さて、相続税とは簡単に言うと「相続により取得した財産(1)から控除額(2)を差し引いて税率(3)をかけたもの」です。 (1)相続によって取得する財産

          親は80間近、元気なうちに相続税について話しておこう

          「終活」を検索してみると、

          「終活とは」と検索してみた。 生命保険会社の説明が目立つ。 人生の終わりについて考える活動 であると言えるが、遺産相続や遺品の整理などが挙げられるようだ それはもちろん必要なことであるが、わたしが思う「終活」とは少し違う。 これまでは山を登るように人生を過ごしてきたが、これからは山を下っていくのだ、下る距離は登ってきたものとほぼ同様。ただ整理したりするだけでなく、納得して閉じるための準備だと思っている。 俳優さんが「死ぬまで現役でいたい」といい、実際そういう方もいらっしゃ

          「終活」を検索してみると、

          終活 50から始めます

          現在、51歳。 今までは子供とともに生活をしてきて、 長男の就職を迎え 今後の人生のことを考える時間が増えました。 何を楽しみに生きていけばいいのか・・・・・ 趣味だけに生きていくにはお金が足りず お金だけのために仕事をするのは虚しい あと30年も生きるのか はて何をして日々を過ごせばいいのか だから今から終活を。 やってみようと思う。 死ぬときに後悔しないように 最後に、自分を好きなままでいられるように さて、終活とは 検索してみよう。

          終活 50から始めます

          加齢・・・

          体にガタがでる年齢年をとると体のあちこちが痛くなるのは当たり前? 自分ではまだまだ若いつもりなのに、体はしっかり50代。 膝が痛くなったり・・・・ 腰が痛くなったり・・・・ 走ることなんてもう無理だし 階段の上り下りでの息切れが激しい だから毎日ストレッチと簡単な筋トレをするぞ! とやりはじめて1か月の事・・・ ストレッチしてもなおなんとなくストレッチした後のほうが体がだるいな~ なんて感じることもあったが、 今回は肩こりが全くよくならない。しかも指がしびれている。 きっと

          加齢・・・

          自分はなぜ生まれてきたのか?

          小学生の時から「自分がなぜ生まれてきたか」疑問に持ち、自分が生まれてきた意味を見出せる人生でなければならないと自分に枷をかけてきた。 小学生の私は単純になりたい職業につけば生まれてきた意味を見つけれると思っていた。 大学生になったころ、今までみてきた世界はとても狭くて、その職業では自分の意義を説明できないと考えるようになった。世の中には多くの人に影響を与える人がいる。世界で活躍する人がいる。自分はそうはなれそうにない。 「なぜ生まれてきたか?」を考えるには訳がある。そう

          自分はなぜ生まれてきたのか?

          子供は自分で生きていく

          子供が生まれたとき、「かわいい」という感情とともに「守らなくては」にとらわれてしまいます。 まずは健康を心配し、勉強のできを心配し、友達を心配し、進路を心配して 自分しか子供の人生を導けないと勘違いをしてしまいます。 これは20歳を迎える息子を育てるなかで感じたことを記載したものです。 母が犯した罪息子が小学生のとき、勉強の仕方や取り組み方について、自分の選択と判断こそが絶対息子のためであるという価値観にとらわれ、息子の選択と判断を奪ってしまいました。子供の選択や判断を認

          子供は自分で生きていく

          自分と向き合う

          何を悩んでいるの?と自分に問うてみる なんだかわからない でも気になって頭から離れない 忘れればいいのに それもできない 気になる理由は何?と再度問うてみる 現状を打破したい 新しい自分に会いたい でも変化を恐れる自分もいる 何が怖いの?と再び問う できない事実に直面すること できない自分を見せること できないことで迷惑をかけること 今までだってそうだったじゃないか 何が不安なんだ? 不安の増幅 不安の不安 もう一度自分と向き合おう 何か一番重要なのか?

          自分と向き合う

          伝えることって難しい

          母「チャーハンと餃子あるよ」 子「いる」 母「何が?」 子「両方」 上司「そうなるってわかってたの?」 部下「いやわかっていませんでした」 上司「次はそうならないようにね」 部下「・・・・(そうが自分が思うものと違う)」 Aの範囲を話してたのに、いつの間にかBの話題になっている 会話って便利だけど、前提をそろえることが大切だ。 特に最近のWEB会議では、話している二人だけが理解していて 残りの人が置いていかれている状況を何度も目にする。 だから 母「チャーハンと餃子あ

          伝えることって難しい

          何がしたいかなんて今でもわからない

          やりたいことがたくさんあって、 なりたい自分はたくさんあって、 でもできない自分もたくさんあって 思うようにいかない日々がたくさんあって 結局何がしたいんだと悩む日がたくさんあって 年をとっても何も解決しない 年月を重ねても人生の答えが見つからない だから 挑戦しつづける 失敗や成功ではなく ただただ やってみるんだ そしてこれが新しい挑戦#1

          何がしたいかなんて今でもわからない

          春はいつも

          暖かくなると、心も体も動き出す いつも新しいことを始めたくなる 今日、姪は母の元を去り、一人暮らしを始める 小さい頃、積極的とは言い難く 意見をあまり言わない子だったのに 春からの進路を自分で決めて ひとり暮らしを始める 不安よりも期待いっぱいの彼女を見て ただ未来を信じる大切さに改めて気づく 50前にして、私も夢を見ていいのかもしれない 妄想と言えども、挑戦できることの幸せよ ありがとう、はる ありがとう、出会い

          春はいつも