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自分のためにきれいでいたい

「お気に入りの服を着るように、自分の好きなメイクをする」
「TODAY'S MAKE UP」に書かれている草場妙子さんの言葉だ。分かっているようでいて、とても難しい。そもそも、自分の好きなメイクって何だろう?

私は過去に、派遣社員として百貨店の化粧品売り場で働いていたことがある。三ヶ月くらいしか続かなかったけれど、その三ヶ月で一生分のファンデーションを顔に塗ったような気になった。毎朝顔にべったりとファンデーションを塗る。お昼の休憩時間にも化粧直しというか、もう一度化粧をした。百貨店の化粧品売り場は、せまいスペースながらもディスプレイを輝かしく見せる工夫がされている。さまざまな場所にライトがあるのだ。

化粧品売り場を思い出してもらうと、分かるかもしれないけれど、あちらこちらでライトが瞬いていて眩しいのだ。そして、そのライトの熱がこもって、結構暑くもなる。涼しげな雰囲気をまとっているものの、ビューティアドバイザーと呼ばれる売り場のスタッフたちは、ライトの熱でちょっと汗をかいていることすらある。

じんわりとでも顔に汗をかくと、ファンデーションは崩れてくる。普段の生活ならば、ちょっとぐらいの化粧くずれなんて見て見ぬ振りだろう。しかし、百貨店の売り子であれば許されない。化粧くずれしているビューティアドバイザーから化粧品を買いたいと、誰が思うだろうか。休憩時間には必ず化粧を、少なくとも化粧くずれをなおすようにと指示されていた。これは、私が務めていたブランドだけの話ではなくて、大抵のビューティアドバイザーさんたちは休憩時間に化粧直しをしていたのだった。

百貨店のフロアに立って接客をすることよりも、この化粧なおしの時間や、職場内にあった女性ならではのチクリとした嫌味、いわゆるマウンティングにウンザリして、私はこの仕事をさっさとやめることにした。そうして、それ以来化粧に対してあまり良い感情がなくなってしまった。嫌いにはなれない。けれど、積極的に関わりたいとも思えなかった。

十年くらい前から、私はファンデーションを使っていない。素肌に自信は全くない。けれど、ファンデーションを使って肌がかぶれてしまったことがあり、それ以来ファンデーションを塗るのが怖いのだ。眉毛パウダーとアイシャドウ、マスカラにリップ。私が所持しているメイクアイテムはこれですべてだ。

メイク自体が嫌いなわけではない。マスカラがばしっと決まったときにはかなり気分がいい。けれど、カフェの調理場で働いていると、あっという間に汗で化粧は流れ落ちる。衛生的にも問題がありそうなため、仕事へ行くにもほぼメイクをしていない。たまにお出かけをするときにばっちりアイメイクをキメるだけ。私にとって化粧とはその程度のものだった。

今年の春ごろだろうか。草場妙子さんのメイクの本が面白いし、ためになるよとSNSで話題になっていた。メイク自体、今の私にとってそれほど興味のある分野でもない。しかし、なんとなくこころに引っかかっていた。ためになるメイクの本って、どういうことだろう。メイクの技術や裏技なんかがいろいろ書かれているのだろうか? 気にはなっている物の、本屋で見つけることができず、ちらりと読んでみることもできないまま日にちばかりがすぎていった。

しかし、思わぬところで出会いがあった。ほぼ日の生活のたのしみ展に「草場妙子化粧品店」というブースがあるという。きっと本も販売されているだろう。そうして、私は生活のたのしみ展で本が売っていたら買おうと決めて、出かけていった。


日が暮れかけた時間に、生活のたのしみ展の会場である恵比寿についた。会場は程よく混雑していて、あちらこちらと目移りした。「草場妙子化粧品店」はたのしみ広場と名付けられたメインの通り沿いにあった。たくさんの、主に女性のお客様があれやこれやと化粧品を手に取っては試してみたり、「これはどんな風に使うのですか?」と質問をしていた。仕事終わりに立ち寄った私は油と汗にまみれていて、その場にいることすらちょっと恥ずかしくなってしまった。店頭に並んでいた本「TODAY'S MAKE UP」と「おすすめです」と紹介されていた保湿ボディゲル少し試してみた後、さっと手に取ってブースを離れた。

週末に「TODAY'S MAKE UP」をじっくり読んで、頭の中がものすごくクリアになった。化粧に対する私のひねくれた考え方が一新された。

お気に入りの洋服を着ているときと同じように、好きなメイクをしていると気持ちが弾む。自分のためのメイクは、モテや美人を狙ったメイクよりも、ずっと自由で楽しさの幅が広がるものだ。(一部省略)

自分が楽しむためにメイクをしていい、と本の冒頭で肯定されるのだ。また、読み進めていくと「ファンデーションをなぜ塗るか」というような内容も書かれていたし、草場さんは「ファンデーションをしない日もある」とはっきり言ってていたし、「自分でジャッジをする力をつける」とも書かれていた。

たぶん私は、いろいろと理由はあるものの、ファンデーションをしていないことに後ろめたく思っていた。いい年をした女が最低限の身だしなみであるファンデーションもしていないなんて。腹の底でうっすらと自分自身を卑下していたのだ。自分のジャッジで、化粧はしていいのだと肯定された気持ちになった。もちろん、「テカリとツヤはちがう」など、現状で気をつかっていない部分についても触れられていて「き、気をつけなきゃ……」と心を新たにした内容もたくさんあった。

自分が楽しめる、自分がよろこぶためにきれいになる。それは何もおかしなことじゃない。人の目を気にすることなく、自分の好きな顔を作って、堂々としていればいいのだと、この本は気付かせてくれたのだった。


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