そのカーブを曲がった先に

「お塩、用意しといてくれる?」

夫から送られてきたLINEの内容に、またか、とおもう。
OK、とムリやり明るい絵柄のスタンプを私は送り返した。

今月で3度目だよね。
なんか、続く時は、続くみたいだよ。
ちょっと、怖いね。

夫が帰宅して、ふたりでビールと冷奴をつまみながら、ボソボソと話す。

夫の仕事は、高速道路のパトロール業務だ。
といっても、警察官というわけじゃあない。
高速道路自体にヒビが入っていないか、とか異物が落ちていないかを点検するのだ。
ときには「高速道路の近くに住んでるんだけど、バタバタうるさい。いつもと違う音がするから見にきて」なんていう電話が入って、その問題の場所を見にいったりする。
点検した場所は、報告をあげた場所は、後日夜間工事をおこなっていたりする。

高速道路で事故が起きて、車がフェンスにぶつかったり、中央分離帯にぶつかったりすると、その現場にも向かうことになる。破損の状況を報告しなきゃいけないからだ。

高速道路で事故が起きるのは、別に珍しいことじゃあない。
けれど、死亡事故が起きるのは、しょっちゅうではない。ましてや、シフト勤務なのに、1か月に3度も遭遇するなんて。

「おれ、お祓いしにいった方がいいかなぁ?」
ちょっと神妙な顔をして、夫は私に相談する。
口の周りにビールの泡が付いていて、あまりのギャップに私はつい笑ってしまう。

「バカみたい。単なる偶然でしょう? 泡、ついてるから。真剣な顔つきで話されても、コントみたいだよ」
「でもさ、主任に言われたんだよ。お前、ちょっと続きすぎてるって。なんか、引き寄せちまうといけないから、お祓いでもしてもらえって」

意外とゲンを担ぐ職場なんだなぁと、私は変なところに感心してしまう。

「ふうん。まあ、気になるなら行ったらいいんじゃない? でもさー、お祓いって結構いいお値段するからねぇ」
そう言って、私はグビリっとビールを飲んだ。

夫はまだ、神妙な顔をして悩んでいた。
「なんか、単なる事故ならそこまで気にしないんだけど。今日のは、なんか無理心中? みたいな感じだったんだよね。男が運転してたんだけど、男の左腕と、助手席に座ってた女の右腕にロープだか紐だかで結びつけてあって。なんか、ちょっと気味がわるくて」
夫は食欲もないらしく、冷奴を箸で突くだけで食べようとはしない。さっきから、ビールばっかり飲んでいる。

「......そうだね。なんかちょっと、怖いね。じゃあ、お祓いしてもらってさ、スッキリしようよ! 厄年のときに行った、八幡宮でいいじゃん。今度休みが合う日に、一緒に行こうよ」

私がそういうと、夫はようやくホッとした顔つきになった。
「よし、あらためて飲み直そう」そう言って、冷蔵庫をのぞきに行った。

お酒を飲んだからか、夫はあっけなく眠ってしまった。どこか、神経を尖らせていたのが緩んだのかもしれない。

私はというと、全然眠くなかった。
一度は布団に潜り込んでみたけれど、目が冴えて、寝返りばかりうつのも、飽きてしまった。

無理に眠ることもないか、と思い、そっと布団を抜け出してリビングに向かう。
なんだか妙に喉が渇いて、冷蔵庫の麦茶をガブガブと飲む。
ソファに座って本でも読もうかな? と思うけれどアイスクリームが無性に食べたくなる。
夜中に食べるアイスは格別に美味しいのだ。

残念ながら冷凍庫にはストックがなかった。
歩いてすぐの、コンビニまで買いに行こうと、小さなトートバッグに財布とスマホ、家の鍵を入れて、そっと家を出た。

夜風が生ぬるくて、気持ち悪かった。
湿度が高いせいか、頬にベタベタとまとわりついてくる。

電気が切れそうな街灯が、ついたり消えたり、また、ついたり。なんだか、少し気味が悪い。

コンビニまでは、歩いて五分もかからないのだから、小走りで行けばいいや。そう思った。
足早に進み続けて、その角を曲がりさえすればコンビニの明るい光が見えるはず。

そう思って、角を曲がると、すぐ目の前に女が立っていた。
「ぎゃっ」
私は思わず、小さく叫んでしまった。
「あ、ごめんなさい!」
女は、私に謝った。

「こちらこそ、すみません! なんかボンヤリしてて、驚いてしまって」
私も女に謝った。
女は肩までの髪に、テロンとした柔らかい素材のシャツワンピースを着ていた。私と同じくらい、30代半ばだろうか。

「知り合いの家に行きたいんですけど、道に、迷ってしまって。スマホも持ってないから探しようがなくて」
「じゃあ、そこのコンビニで聞いてみればいいのに」
私は何気なく、そう言った。
「個人宅なんて、コンビニでおしえてくれないかと思って。通り過ぎちゃったんですよね」
女は、はにかみながらそう言った。ハチミツのような、甘ったるい声だった。

いらっしゃいませー。
ダルそうな店員の挨拶。

私は、女とは別れ、アイスのコーナーに向かう。やっぱりハーゲンダッツかなぁ。それとも、白くまか。迷うなぁ。
ショーケースの中を見ながらグルグル悩む。

レジの方からは、女の声が聞こえてきた。
「分かんないですか? ヤマシタさん、っていうお家なんですけど」

私はゾッとした。
ヤマシタ、は私の苗字だからだ。
正確に言えば、夫の、苗字。

そうっと、レジの見える位置に移動してみる。
バイトの店員は、女の質問に困っている。だけど、無下にもできないようで、ちょっと待って下さいね、なんて言っている。
「ヤマシタさん、とても優しい人で。でもお家がわからなくて。確か、この辺のはずなんですけど」
女は、甘ったるい声をだして、そう言う。

女の右腕には、ダラリと垂れ下がった血まみれのロープがぶら下がっている。

私は悲鳴をあげそうになったが、どうにか思いとどまった。

さっき、夫と話していた心中した女に違いない。なんで、夫に会いたがってるんだ?
わからない。
わからない。
だけど、一刻も早く、家に帰らなきゃ。
あの女に気がつかれないうちに。

レジで話し込んでいるふたりに気がつかれないように、そぉっとコンビニを出た。

そこからは猛ダッシュで家に帰った。

なんとなく声が聞こえた気がしたけれど、聞こえないフリをして、急いで角を曲がる。

チカチカした街灯には目もくれず、大慌てで家に着く。
…うちには来ないでください。
うちに来ても、あなたの居場所は、ないですよ。
肩で息をしながら、心の中でいのり続ける。

「なあんだ、残念」
耳元で、ベタベタと甘ったる声が聞こえたような気が、した。

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