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知らなくてもあたりまえ、だけど。

自分にとっては、全然知らないことでも、他の人にとっては当たり前のことって、たくさんありますよね。というか、そんなことばかりなんだと思います。

先月に「やろう」と決めたレーシック手術。問い合わせたところ、話がトントン拍子に進みました。今日の午前中に検査を受けて、午後から手術となりました。

明日の朝には、もう世界の見えかたが違っているのかー! と思うと、ちょっと緊張するような、あっけないような気もします。

検査を受けるため、いつも通勤で利用している電車より、三本も早い電車に乗っています。いつもより混んでいるし、途中の駅止まりで、乗り換えたりしなければならず、眼科に着くまでに疲れてしまいそう。

でも、周りを見渡せば、他の乗客たちは毎日の、当たり前のこと。
先頭の車両に乗ったらガラガラで、ほとんど乗客はいませんでした。なぜなら、その電車はあと数駅で止まってしまって、向かいのホームに止まっている電車に乗り換えなきゃいけない。その止まっている電車は、車両が短くて先頭車両に乗っていると、乗り換え時に遅れをとってしまうんです。
私は普段利用していないので、アワアワと乗り換える列に並んで、ようやく落ちついたところです。

慌てたり、キョロキョロしているのは私だけ。周りの人たちはみんな、日常の生活を送っているんですよね。

今朝、自宅から駅までのちょっとした距離を夫が車で送ってくれました。
「いま、眼鏡をかけてたら視力いくつくらいなの?」
と夫に聞かれたので「1.0くらいかな?」と答えたんですね。
そうしたら夫は、ふーん、と言って「そもそも、1.0がどのくらいの見え方かがわからない」と言われました。夫は視力が良くて裸眼で1.5はあるんです。

夫が見えている、周りの風景は、私にとっては眼鏡をかけていないと見えない風景です。同じ場所に立っていても、私には知らないことがあり、夫にもわからないことがあります。背の高さも、違いますしね。

自分にとって「当たり前」だった、眼鏡を通して見ていた風景は一変するのかも知れないし、なあんにも変わらないのかも知れません。

レーシック手術も私にとって、「知らないこと」から「知っていること」に今日変わるかもしれない。(検査の結果次第では手術できないこともあります)

すべてのものごとを知る、というのは無理だとは思います。けれど、知らないことを知りたいと思うか、知らないことは知らないままでいいか。
どちらの気持ちを強く持つかで、暮らし方ってずいぶん変わるし、人との接し方も、いままでと違ってくるなと感じます。

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