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深紅の瞳(4)

「なあ、あんた。あの施設でいったい何が行われているんだ?」
「それはわたしにもわかりません。施設は警備や職員の仕事などそれぞれが完全に分断されていて、同じ施設内でもお互いが干渉することはいっさいありません。ただ……」
 今まで淡々と話していた彼女がはじめて視線を落とし言葉を濁した。それからすぐに顔を上げ、誰かに監視でもされているのだろうか、執拗にあたりを見まわした後再びまっすぐわたしに視線を向けた。
「ただ、一度だけ。施設に収容されている子供たちを見たことがあります」
 彼女はそこで再び間をおき、わたしの前に置かれたコーヒーに視線を落とした。
「何か飲むか?」
「いえ、大丈夫です。あの施設にあなたのお子様がいると思うと、今から話すことが失礼にあたらないかと」
「構わない。続けてくれ」
「はい、わたしが見たのは一度だけ。多分その時は団体で施設内を移動している時だったと思われます。ほんの僅かな時間でしたが……」
「なんなんだ?」
「……異質、でした。人間、という言葉よりも、むしろ作り物と言った方がしっくりきます。子供たち全員がおなじように口角をあげ、何かを会話するわけでもなく、みな一様にまっすぐ前を見据えたまま不気味な笑みを浮かべて歩いていました」
 わたしは、その団体の中に自分の息子が確実にいることの不安と同時に、面会で感じた息子の「嘘」、が間違いではなかったことを確信した。
「それにしても、そこまでおれに話しても大丈夫なのか?」
「わたしはあなたに助けられてから、これまでほとんどの時間を一切の感情を捨て、誰とも関わることなくひとりで生きてきました。けれど、大人になってこの容姿と性格ではまともに働くことなどできませんでした。唯一働くことができたのが現在のこの仕事です。あなたの言うように、女性では異例のことかもしれません。それでも、わたしの過去や現在の素性から働くことを認められました。当時はわたしもまだ施設のことは詳しく知りませんでした。ですが、あの子供たちの集団を見てから、この施設で行われていることは、……あるべき正しいことではない。そう思うようになりました。そんな時、あなたがこの施設に入ってくるのを見て、あなたの子供がこの施設にいるということを知ったのです」
 わたしは彼女の右目をじっと見つめた。白く濁ったその奥に、小さく光るものを見た気がした。
「わたしは人生のしあわせの大半は、死に方、にあると思っています。多くの人が絶望の先には死しか待っていないと思っています。わたしもそう思います。けれど、誰かがそこに手を差し伸べてくれさえすれば這いあがることができます。決してひとりでは這いあがることなどできないその場所から、抜け出すことができれば、その先には希望しかありません。絶望の先には希望しかないのです。あなたはあの時、わたしに手を差し伸べてくれたのです。這い上がるための。わたしの人生において最悪の死は、あの時あなたの手によって消え去りました。だから、今度はわたしがあなたにこの手を差し伸べたいのです」
「何が言いたいんだ?」
 「わたしはあの施設の正体を暴いて、子供たちをあるべき場所へ返したい。あなたの息子さんは、あの施設にいてはならない」
 一切の迷いのない毅然としたその表情に、彼女の言葉がさらに力強さを増していた。
「政府を敵にまわすことになる」
「承知のうえです。しかし、わたしひとりの力ではどうすることもできません。もちろんあなたの同意があれば、の話しですが」
 わたしは大きく溜息をもらして、椅子の背にもたれて天井を仰いだ。偶然再会したとはいえ、二十年以上も前の恩だ。そう簡単に彼女を信用していいものなのだろうか。
 そしてもう一度大きく息を吐いてから彼女へ視線をやった。

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