マネーロンダリング対策で会計制度が関わること FATFの対日審査を受けて
マネーロンダリング(資金洗浄)について国際組織の対日審査が不合格になったという記事が日経新聞に出ていました。記事の取り扱いは小さいですが、今後の対策は多方面に及ぶと考えられ、影響は大きいと考えます。これまでマネーロンダリングの防波堤になっていた金融機関の取り組み強化だけでなく、一般企業も気候変動対応のTCFDのように非財務情報として有価証券報告書でマネーロンダリング対応を行っていると宣言することも想定されます。
マネーロンダリングについてはテロ組織の資金洗浄の手段にならないように以前から資金決済を担う金融機関に取組みが課せられていました。米国の同時多発テロをきっかけに「愛国者法」が米国で制定され、テロ対策の一環としてより強まっていました。
日本では犯罪収益移転防止法が2007年に制定されていますが、写真がない健康保険証が本人確認資料になるなど、海外の主要国に比べて対応が緩い状況の中で、国際組織からの審査で不合格となったものです。
この国際組織は、FATF(ファトフ)、Financial Action Task Force on Money Laundering(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)で、マネーロンダリング対策における国際協調を推進するため設立された政府間機関です。1989年のパリで開催されたサミットでの経済宣言を受けて設立され、当初は麻薬犯罪に関する資金洗浄防止を目的としていましたが、米国の同時多発テロをきっかけにテロ組織への資金供与を防止することが主たる取り組みになっています。
金融機関は資金決済を担っていますが、その金融機関を通じてマネーロンダリング対策を講じるようになった経緯が「ライス回顧録」に記載されています。
「テロリズムおよび金融情報担当財務次官スチュワート・レビーが、フィル・ゼリコウ国務省顧問と私に、イラン問題について私たちに何ができるか話すのを聞いていた。彼はたとえ国連安保理の正式な制裁措置決議がなくても、国際金融機関や企業を使えば、そうした経済ツールを今までとは違うレベルで利用して、イランの投資や金融取引を制限できると話した。国連に訴えずとも、国際的な金融アクションによって北朝鮮を追いつめることに成功したのには、非常に感心した」
「まず財務省が特定の団体ー例えばトンネル会社などーを、テロや大量破壊兵器の拡散に協力している、あるいは第311条(注)の場合なら「主要な資金洗浄懸念先」と認定する。いったん財務省に”リストアップ”されると、その団体はアメリカの金融システムへのアクセスを拒絶され、その団体が取引をするほかの金融機関ーたとえばドイツ銀行などーもアメリカ市場との接触を制限されるリスクが生じる、というわけだ」(P473)
注:愛国者法311条のこと
世界経済の資金決済の太宗はドルで行われます。タイのA社から輸入してドルで支払う場合、日本の銀行からタイの銀行のAの口座に送金を依頼します。この場合ドルで送金しますが日本の銀行もタイの銀行もドルの決済は米国の銀行経由で行うため、米国政府が米国の銀行にこの取引のドル決済はダメ、とするとドル送金ができなくなります。まさにドルという水道の蛇口を閉めてしまうわけです。
マネーロンダリング対策では資金決済のほかに、KYC(Know Your Customer:取引の相手方を知る、テロ関与先でないことを証明する)があります。最近ではKYCC(Know Your Customers' customer:取引の相手方の取引先を知る)まで拡大しつつあります。
これまでは金融機関がKYCを担っていました。某金融機関がA社と取引する場合、A社がテロ関与先でないことを証明するために、A社の定款、決算書だけでなく、A社の株主がテロ関与先でないことを証明するために、株主が個人に行き着くまで調べ、疑わしい取引があった場合には金融当局に報告することが対策の内容です。
FATFの審査で不合格になったということは、金融機関の対策が不十分だっただけでなく、日本の経済活動におけるマネーロンダリングに対する取り組みが不十分と言われたようなものです。犯罪収益移転防止法はありますが、反社は意識しているもののテロまでは意識が薄いのが実態でしょう。日本は日常的にテロを意識する必要がないから仕方がありません。印鑑証明書とか写真がない公的書類が本人確認資料になっていますので、緩いと言われても仕方がありません。
このような厳しい世界からの視線に対しては、これまでの金融機関の対策だけでは不十分として、KYCCの観点から一般企業にまでマネーロンダリング対応を求めるようなことになると予想します。
一般企業は、材料を購入し、加工して販売しますが、このサプライチェーンに対してきっちりとマネーロンダリング対応をしているということを有価証券報告書で宣言させられるようになる、ということです。
今でも、材料を購入する先、販売する先に対しては、犯罪収益移転防止法の要件を満たすことを行っています。例えば、契約の中に暴排条項と呼ばれるものを盛り込む、とかですが、KYCのようなテロ組織に関連がないことを立証するような資料までは求めていないでしょう。
今後は、サプライヤーチェーンの関係者に対して本人確認資料の整備、支払いの裏付け証憑の整備などが厳しくなり、それを社内の規定に落とし込み会社として整備している、もし疑わしい取引があった場合の対応、報告体制、それ全体を監視する体制、などを有価証券報告書の非財務情報として記載することが求めれるかもしれません。
日本にとってFATFの審査結果は、海外取引における資金決済が危うくなるようなものですので、政府としてはいろいろな角度からマネーロンダリング対策を講じることでしょう。
一般企業としても会計制度の面からの防止策に備える必要があります。
「ライス回顧録 コンドリーザ・ライス 福井昌子 波田野理彩子 宮崎真紀 三谷武司 訳 集英社」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?