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アメリカとヨーロッパ

若い頃にアメリカで仕事をしているとき、世界はアメリカ中心に動いている、と思っていました。そう思わせる国力・経済力・躍動感がアメリカにはあります。
その後、ヨーロッパの大陸で仕事をして暮らしてみて、それは全くの思い違いだと分かりました。

どちらかというと世界のルールはヨーロッパが決めています。アメリカが決めたアメリカに都合のいいルールを、それを覆すルールを後でヨーロッパが決め、それを世界のルールにしてしまいます。ヨーロッパの歴史は戦争の歴史であり、統一したルールを決めるには権謀術数を駆使した議論とチキンレースのような駆け引きを重ねます。検討に検討を重ねたルールは万国に適用しやすいものになり、それが世界標準となってしまいます。

今のガソリン・ディーゼルエンジンの議論を見ているとヨーロッパらしいしたたかさを感じます。車社会のヨーロッパは燃費の良いディーゼルエンジンを普及させましたが、ディーゼルエンジンの指数に不正が発覚すると、一気に電気自動車をグローバルスタンダートに持って行こうとしているようです。ゲームのルールを変えることで、追いついてきたライバルを蹴落とすのがヨーロッパの英知といってもいいでしょう。

そうしたヨーロッパも、英国と大陸諸国で考え方が異なります。英国がEUから離脱したのはその一例ですが、戦争に負けたことがない英国は強烈な自負心があります。

ヨーロッパ大陸に住んでいると、人々の英国に対するライバル心とアメリカに対する複雑な心境を感じました。アメリカには2度の世界大戦で助けてもらった恩義を感じつつも、歴史や文化面では見下しているようでした。

ヨーロッパ大陸在住の人たちとロンドンで夕食会をした際には、「案外美味いじゃないか。ロンドンの食事も改善されたものだ」、という感じでしたが、これがNYでの夕食会だと文句ばっかりでした。

まずは、NYの空港でのパスポートコントロールに2時間以上かかったことの非効率性に話が白熱し、食前酒、ワイン、魚、肉、デザート、すべてに「味がおおざっぱ」だと文句を言い合っていました。レベルの高いはずのレストランでしたが、魚はぱさぱさ、肉は固い、デザートの味はおおざっぱ、という感じでした。ワインもサーブする人が「シャブリでございます」という調子でサーブしてくれますが、シャブリの4段階のうちの下から2番目ランクのものであり、フランス人からすると「醸造年もさほどのものではなく、その程度を出すのか」とまたいろいろ言い合っています。私はNYで美味いのはタルタルソースぐらいだと思っていましたから、「やれやれ、仕方がないじゃないか」と聞いていました。

こうしたこと(見下されている)はアメリカ人も気がついているようです。ライス氏の回顧録に次のようなくだりがあります。

欧州の同盟国には苛立ちを覚えたり、逆に、見下されたりするときもある。彼らはアメリカのことを、自分たちよりも力のある大きな国と考える一方で、粗野で教養がなく、ときどき暴走を止めてやる必要がある弟のように扱うことがある」(P309)

これは19世紀の頃からのようです。フランスの歴史学者のトクヴィルは次のように記します。

「アメリカ人にヨーロッパの話をさせたりしてはいけない。ヨーロッパについて語ると、アメリカ人はいつも虚勢を張り、いささか馬鹿馬鹿しい傲りを示す。どこの国でも無知な者の大きな支えである。一般で不正確な概念で満足してしまう」(第1巻下P242)

ただ、トクヴィルは全体として法治国家としてのアメリカに、フランスにはないものを驚きをもって述べており、このような感想を記しているのは僅かな箇所です。余談ながら、トクヴィルが記載したことは、今に通じるアメリカの気質を見抜いており、その観察力には驚かされます。


ライス氏の回顧録には面白い内容がありましたので、記しておきます。

ゴルバチョフがジョージ・H・W・ブッシュ大統領に教えた寓話を披露している。それはソ連時代よりずっと前から、ロシア人は平等主義的な考えをする傾向があった例として語られている物語です。
ある農民がアラジンのランプを見つけました、というくだりから始まった。「ランプの精は『何がお望みかね?』と訊きました。『隣の人を見てくださいよ。彼には幸せな家族がいて、作物もたくさんとれて、最新の運搬車もある』。農民は言いました。そしてこう続けました。『なのに私ときたら、妻は怖いし、作物はとれないし、一台の運搬車も持っていないんです』。『だから、隣の人と同じような生活をおくれるようにしてほしいということかね?』とランプの精が訊きました。『違います。隣の人の生活を私と同じようにしてほしいんです』と農民は答えました」

「ライス回顧録 コンドリーザ・ライス 福井昌子 波田野理彩子 宮崎真紀 三谷武司 訳 集英社」
「アメリカのデモクラシー 第1巻(上下) 第2巻(上下) トクヴィル著 松本礼二訳 岩波文庫」

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