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カードゲーマーのための確率入門

シンプルな答えの幻想

 確率の説明のために、最も確率の応用対象として語られる土地枚数を議題にするが、議論する内容は確率論のTCGへの応用として普遍的なものを目指す。

 「1つのマナシンボルを要求するカードを1Tにプレイするために必要なアンタップインの土地枚数は14枚です!これを他のシンボル数、ターン数についても計算して表にまとめました!」

 もしあなたがこのような記事を期待してこれを開いたのであれば、残念、これはあなたの求めていたものではない。だが、あなたはこの記事のターゲットだ。

 人は複雑な問いに直面することに耐えることができず、選択の自由から逃走し単純な答えに服従したがる。科学的と騙り「飲むだけで健康になる」、「着るだけで痩せる」と嘯く健康グッズは世に蔓延っている。今日もTwitterでは物事のある側面を全てであるかのように誇張した感情論がバズっている。そして「数学的に正しい」TCG論だ。

 複雑な問題は難しいから難しいのだ。必ずしもそれを解説する人がわかりやすい説明をできないから難しく感じるのではない。マナベースの問題はその最たるものだ。

 「ある呪文を唱えたいターンに唱えられないリスク」と「土地を引きすぎるリスク」は相反する要求である。そのトレードオフの最適点を探るがマナベースの決定だ。数学的に解いたというためには、少なくとも前者と後者のリスクの度合いを数値化し分岐点を見つけていなければならない。加えてその数値は環境やデッキの残りのカードに従属して変化する。どの環境でもどのデッキでも成立するシンボル数や平均マナコストからマナベースを導く数式なんていうものは存在しない。

 では、数学は組み合わせ数の多い複雑な問題に無力で役に立たないのだろうかというと、そうではない。確率論は便利で信頼できるツールである。ただそれに対する態度は、できることを明らかにし、そしてまたできないことの存在も認めたうえで応用するというものであるべきだ。決して数学的、科学的という言葉を用いてデタラメを信じる愚者を増やすことではない。

 数学は「あなたの進むべき道はこちらです」とはっきり道を示してくれるのではなくとも「そちらはいけません」と行くべきでない方向を示してくれることがよくある。

 直接答えを出すことはできないが、誤りを示すことならできるという問題は多い。試行錯誤を続けても確信が得られず疑心暗鬼になっているとき、誤った選択肢を潰し、はっきりとではなくとも大体の進むべき方向を示してくれるのはありがたいものだ。

 次節からはよく見かける誤った確率論の使い方のおかしいところを指摘し、本来の応用方法を解説する。ここで読むのをやめるのであれば、「数学的に」正しいマナベースを参考にすることはやめて、強豪プレイヤーが作成したマナベースをコピーして使うことをお勧めする。読み方のわからないうえに壊れているかもしれないコンパスの指す方に進むよりも、優れた航海士が指した方向に進むほうが良い。

期待値は答えではない

 期待値は目安にはなりうるが、答えではない。よく「期待値を引きたい枚数と一致させる」という誤った方法論(※1)が語られている。

よくある誤った推論

◆「4T目に白マナが2つ欲しいので、初手の7枚+ドロー3枚の10枚引いたときに引く白い土地の枚数の期待値が2になる12枚が適正枚数」

 期待値の概念を勘違いしている典型例。「4T目に白マナが2つ欲しい」というのは4Tに白のダブルシンボルが欲しいからだろう。

例えば、クリチャーデッキ相手に《神の怒り》を4T目に唱えられるかは勝敗を大きく左右する

 このマナベースの作り方は「4Tに丁度2つのシンボルが出る確率を最大化する」ものである。だが、考えてみて欲しい。4Tに3つ目の白い土地があったところでそこまで困ることがあるだろうか?呪文を唱えられる最低限の土地を引いてあとはもう土地を引かないというのが理想だとしても、理想より1枚多く土地を引いたところで大した問題ではない。一方で白い土地を1枚しか引けなかった場合は大きな問題である。現在議論しているダブルシンボルのカードを使えないのだから。

 実際に10枚引いたときにデッキ内に12枚のカードを引く枚数の確率分布を見てみよう。

期待値で作ったマナベースの確率分布

 60枚から10枚引いたとき、12枚あるカードを1枚のみ引く確率は27%で3枚引く確率は21%である(※3)。1枚の確率を下げて3枚引く確率を上げたいし、3枚の確率のほうが低いのだから現にそちらに動かす余地があるだろう。


◆「土地を4枚引いたとき、その半分が白ならダブシンが出るので土地が26枚なら13枚白にすればよい」

 これも同じ。初手に3枚の程度の土地枚数になるようにマリガンするだろうという前提の元まず土地枚数を決定している点で想定は実際のゲームに近い。だが、白い土地1枚のみを含む4枚でキープすることは嫌だが、白い土地3枚を含む4枚は喜んでキープできるであろうことを勘定に入れていない。

期待値を置きたい場所

 以上を図解したい。次のような確率分布(※2)を考えてみよう。

例として想定する確率分布

 期待値を理想を一致させるという方法の欠陥について述べた。

 理由は、理想の値を超えることは大きな問題ではないが、下回ることは大きな問題であるということだ。

 こうして見ると、図形の面積の半分近くがすごく困る領域に入っている。つまり半分近い確率ですごく困ることがわかる。このように考えると、期待値は理想の値よりも高いところに持って来たいはずだ。

 理想の値と期待値の位置関係はこのようになるようにマナベースを設計するべきだ。

【補足】(読まなくてもいい)
(※1)
 一応期待値を超えた場合の利得の減少と期待値を下回った場合の利得の減少が完全に対称であるなら正しい方法論であるが、そのような場合に出会ったことはない。
(※2)
 実際にMTGでは綺麗なこの形の確率分布には出会わないが、図が出しやすくて説明しやすいので連続値の正規分布を使用している。
(※3)
 この数字の出し方は私が書いてもなんの新規性も出せないので解説しない。代わりに、勉強したいが何を見ればいいかわからない人のためにぐぐったら出てきた無料で解説しているサイトを貼っておく。「9-4. 確率の計算(余事象)」まで読めば本記事に出てくる数字は自分で出せるはずである。

 あと、稀にこの計算を手で全部数字を打ち込んで掛け算と割り算でやる人がいるが、時間の無駄なのでExcelか何かを使おう。私は適宜適当にコードを書いている。

条件は無視できない

直感に反する確率

 人間の直感は実に信用ならないもので、ときに間違ったところに人を縛り付ける。一旦TCGから離れてもっと簡単な問題を考えてみる。

プレーヤーの前に閉じた3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。
ここでプレーヤーはドアを変更すべきだろうか?

Wikipedia モンティ・ホール問題

 筆者によるクソわかりやすい図解を見ながら考えてみて欲しい。

一旦Aを選択
Bに変えたほうが当たりの確率は高くなるか?


 この問題は当たりはAかBか二つに一つ。よってどっちも確率は1/2。つまりAのままでもBに変えても同じ!という誤った答えが直感的に導かれることで有名になった。

 正解は、Aのままだと当たる確率は1/3で、Bに変えると2/3である。どれぐらい直感に反するかというと、正しい答えを書いた雑誌には約1万通の批判の投書があったらしい。恐ろしい話だ。

 なぜこうなるかというと、司会のモンティは扉が選ばれた後に残りの二つからハズレを1つ見せるからだ。プレイヤーが扉を選ぶのとは無関係にハズレを示している(事象の独立)のではない。プレイヤーの扉の選択により、ハズレの示され方は影響を受けている(事象の従属)のである。

 初めに選んだ扉が当たりの確率は1/3でこの条件下で扉を変えると当たりになる確率は0。初めに選んだ扉がハズレの確率は2/3でこの条件下で扉を変えると当たりになる確率は1。つまり、Bが当たりの確率は1/3×0+2/3×1=2/3というわけだ。

 2つの選択のうち一方が当たりという状況に至る過程で付与された条件により確率が異なるものになっている(条件付き確率)。

想定している状況の条件は?

 MTGの話に戻ろう。次の推論は正しいか?

 「1Tに緑1マナのカードを使いたい。使える確率を85%以上にしたい。そこで、60枚のうち14枚あるカードを7枚引いたとき1枚以上引く確率は86%であるので、14枚の緑のアンタップイン土地があれば良い。」

ラノワールのエルフ》は1Tに出したいカード筆頭。


 正しくない。1Tに《ラノワールのエルフ》を出したいのであれば、《ラノワールのエルフ》が手札にあるという条件のもとでの確率のはずだ。少なくとも1枚は《ラノワールのエルフ》なのだから、「60枚から7枚」ではなく「59枚から6枚」で考えるべきである。(厳密には「《ラノワールのエルフ》が初手にいてかつキープできる手札」という条件だが、それを条件に加えるのは難しすぎる。だが、引く枚数を7から6に変えるだけなら手間は変わらないのでやったほうがよいだろう。)ちなみに、「59枚から6枚」で計算すると82%である。

 もう一つ例を挙げたい。

 6T以降のアクションが強いデッキが支配的な環境のときのことだ。友人が赤緑のクリーチャーデッキに青をタッチしてカウンターを入れたものを調整していたことがある。そのデッキに懐疑的だった私は、そんなに都合のいいタイミングでカウンターを引けないように感じるが再現性は高いのか聞いた。

 「デッキに4枚のカウンターがあり、カウンターを使いたいのは6T以降。だから初手7枚と通常ドロー5枚で12枚引いたときに4枚カウンターを1枚以上引いている確率は60%あり、再現性は高い。」と彼は答えた。

 しかし、6Tに使うつもりのカウンターを、2T、3Tにクリーチャーを展開したいデッキで初手に持ってキープできる組み合わせは意外に少ない。例えば土地が5枚だと、自分が攻める側なのに能動的なアクションは残りの一枚のみ。土地が4枚で能動的なアクションが残りの2枚というのも心許ない。あるいは土地が逆に少なく、2枚だった場合は土地が伸びずにカウンターを構えられないということも考えられる。また、序盤にマナカーブに沿って綺麗に能動的なアクションを取りたければマリガンをしたときカウンターは戻すカードになりやすいだろう。

 そうすると、(カウンターがあるキープ可能な初手を引く確率)+(カウンターのない初手でゲームを始める確率)×(残りのデッキの上から5枚に4枚のカウンターが1枚以上ある確率)は60%と大きな乖離があるだろう。
 キープできる初手でゲームが始まるという条件は無視できるほど小さくはない。

確率による議論

 それでは、以上のような確率の計算は条件を無視したものだから無駄なのか?そうではない。結論を出してはくれないものの、議論に示唆をくれている。単にデッキから15枚引いた場合の確率はこれ以上になることはありえないという値(上界)を与えている。また、初手にカウンターないものとして、残りのデッキから5枚引いたときに4枚のカウンターが一枚以上含まれる確率を、最低でもこれ以上の確率はある値(下界)として設定できる。



 やろうと思えば条件を加え現実に近づけながら議論の範囲を絞り込んでゆくこともできる。しかし、実物を確率モデルで完全再現することはできないので、ある程度近づけたら勘で答えを決めなければいけないときもある。結局はこれも、どこまで数字で詰めることに時間を使うかというトレードオフだ。

 とはいえ、このような議論は答えを直接導かなくても、検討する範囲を絞り込むことで構築への考えを一段階前にすすめてくれるだろう。その過程で出た数字は新たな議論の土台となる。以前トライオームを含めたマナベースの記事を書いたことがある。

 この記事を書いたきっかけは、友人が「トライオームが来れば簡単に3色のデッキが組めるようになる」と言っていたことだ。私はそうは思わなかったので、計算して反論した。その内容をまとめた記事の反応が良かったのは、単に友人のアイデアを否定するところで終わらなかったからだと思う。どうすれば良くなりうるかの可能性を示し、見た人に議論の土台としての価値を感じてもらえたのだろう。

 数字は良いことを良いとはあまり示してくれないが、よく悪いことを悪いと示してくれる。そしてその悪さを測る指標にもなるのだ。そこからどうすれば良くなるかのアイデアが生まれるものである。

 また、このような計算に慣れておくことはTCGの地力を上げることになると考えている。あなたはあるゲーム中、特定のカードのペアを3T先までに揃えられたら負けるが、そうでなければ勝つとしよう。引かれる前に刺しにいくべきか、それとも引かれない確率が高いかは暗算できずに直感で判断を下すしかないだろう。しかし、TCGでよく起こる組み合わせの数をぼんやりとでも覚えていればその「直感による予想」は明らかに間違ったものではなく、正しいものに近いはずだ。TCGはバイアスと戦うゲームだ。熱くなって偏見の大きい誤った判断を下しそうになったとき、数字は目を覚まさせてくれる強い味方である。

おもろいこと書くやんけ、ちょっと金投げたるわというあなたの気持ちが最大の報酬 今日という日に彩りをくれてありがとう