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華鳩 無濾過生原酒八反錦 純米吟醸

10年ちょっと前、我が家が広島県の呉市に引っ越した理由は、だんなちゃんの仕事の都合なのだけど、それはとても理不尽なものだった。

同じように、移動の候補になっていた人が、うちのだんなちゃんの赴任が決まった時、その人は何も悪くないのに、自分が行けなくて悪かったと謝罪したらしい。
 
でも、呉で過ごしている私を見て、楽しそうじゃなさそうに思った人はいるんだろうか?
   
あの頃の我が家は収入が激減、加えて補助は出ても、転居に伴う出費もあったし、私個人でいえば、それとはまったく関係ない問題を抱えていて、プレッシャーで眠れなかったりもした。
  
そんな私を癒してくれたのは、部屋から見える江田島の向こうに沈む夕日だった。呉を離れるまで、家にいる時は毎日、「きれいだな」って思いながら見ていた。
 
お金のことは、考えるのをやめた。

名古屋人だから、貯金をしていたのもあったけれど、それも使って、
今、できる事をやって、今だから楽しめることを楽しもうと切り替えた。
 
理不尽な事をやった人の事を許せるようになったのは、何時だったかはわからない。

でも、いつものように華鳩(榎酒造)に行った帰り、渡し船で音戸の瀬戸を渡り、家に向かうバスの中から、屋根の上に置かれたヘルメット被ったリスを見ながら、

「転勤するのは、うちで良かったんだよ。私たち以上に、この状態を楽しめる人はいない」

と、だんなちゃんに言った事は覚えている。
 
人って、自分以外の何かに支配されるのは嫌だけれど、自分は物事をコントロールできる状態を好むって思うのは、私がそういうタイプだからだろか?
自分が望んでいない変化に対してストレスを感じるんだなって思った。

それが理不尽な理由なら、尚更。

でも、そんなことは度々あって、その度に、相手(自分以外の何か)が、問題を解決すべきって思うのだけれど、でも、よくよく考えたら、それって、自分が嫌がる、主導権を他の人に渡しているのと同じなんじゃないかと思った。
  
それに、その時は、すっごく腹が立ったり、辛くっても、ある日突然、あの時、それが起こった意味が、すとんと落ちる時がある。

多分、華鳩の帰りに思ったように。
  
華鳩自体、人を癒すような、そんな優しさを持ったお酒だとおもうけれど、華鳩 無濾過生原酒八反錦 純米吟醸を見ると、その時の事を思い出す。

今、大変な思いをしている人たちが、それぞれの方法で、少しでも癒されると良いな。

そして、この大変さが、いつか、報われるといいな。

                         (2020年4月19日)

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