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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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2022年7月の記事一覧

月と陽のあいだに 19

月と陽のあいだに 19

若葉の章白瑶(13)

 食事をとらなくなった白瑶は、日に日に痩せ細っていった。母親や姉妹が、交代で身の回りの世話をしていたが、やがて皆は白瑶の腹がふっくらしてきたことに気がついた。腹の子の父親は、アイハルに違いない。だがこのことを村長が知れば、何をするかわからない。母親は、白瑶が不憫でならなかった。アイハルが処刑されるまでは、白瑶は気立てのいい娘だったのだ。相手の男が罪人だからといって、白瑶にも

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月と陽のあいだに 16

月と陽のあいだに 16

若葉の章白瑶(10)

 やがて日が昇り、行き来する人々が増え始めた頃、アイハルたちは道端の木陰で一休みした。以前は気にも留めなかった足の指が、歩くのにどれほど大事だったか、失ってみて初めてわかった。大した距離も歩いていないのに、足の疲れと体力の消耗は、思っていたよりひどかった。水を汲みに行くと言って、下人が離れてから、どれくらい経っただろう。うとうとしていたアイハルは、大勢の荒々しい足音が近づい

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月と陽のあいだに 13

月と陽のあいだに 13

若葉の章白瑶(7)

 「ずいぶん長く居候してしまったが、そろそろ出発しようと思う。君にもたくさん世話になった」
 アイハルは、真っ直ぐ前を向いたまま言った。隣で小さく息をのむ音がしたが、振り向かなかった。
「いつ出発するの?」
「準備をして、二、三日うちには、都へ向かうつもりでいるよ」
返事はなかった。その代わり、鼻をすする音がして、暖かい手がアイハルの腕をつかんだ。
「今度は、いつ帰ってくるの

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月と陽のあいだに 10

月と陽のあいだに 10

若葉の章白瑶(4)

 溶け残っていた雪もすっかり消えて、日足が長くなった。ある日、草原にやってきた白瑶は、いつになくはしゃいでいた。
「明日、田の仕事始めの神事があるの。あなたも見に来ない?」
種まきの神事で、仲良しの娘たちとともに、白瑶も早乙女の役に選ばれた。田の畔に降りて、種まき歌を歌いながら、カゴに入った種をまくのだという。父にねだって、みんなとおそろいの新しい衣を作ってもらった。それをア

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月と陽のあいだに 7

月と陽のあいだに 7

若葉の章白瑶(1)

 その年は雪解けが遅く、四月になっても暗紫山麓の森には、あちこちに灰色の雪が残っていた。
 白瑶は村の娘たちと若菜を摘んでいた。ふと目を上げると、森の入り口にきれいな色の物が落ちているのに気づいた。一緒にいた友だちに声をかけて近づいてみると、男が二人倒れている。見慣れない形の毛皮の外套をまとい、同じ毛皮の帽子をかぶっている。緑の中でも目立ったのは、二人の外套についている色鮮や

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月と陽のあいだに 4

月と陽のあいだに 4

若葉の章アイハル(3)

 月蛾国は皇帝が治める一つの国である。だがその内実は、皇帝直轄領、カシャン領、バンダル領、深水領、漓江領、沙領の連合体だった。そのため皇帝といえども、直轄領以外の領に大きな力を及ぼすことはできなかった。
 これに対してアイハルたち若者は、月蛾国全体を一つのまとまりとして、さまざまな問題を解決していこうという構想を持っていた。各領の領主の目には、この構想は自らの支配に対する

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月と陽のあいだに 1

月と陽のあいだに 1

序章 暗紫山脈は、大陸の中央を東西に走る。万年雪をいただく険しい峰々が連なり、その東には氷河が削り出した深い渓谷があった。渓谷には冷たい海水が流れ込み、細長い湾を形作った。
 この大陸に、いずれの時代か、人々が移り住むようになった。もとは同じ神を持ち、同じ言葉を話す人々だった。しかし長い月日の間に、あるものは南の平地に田畑を開き、あるものは険しい山々を越えて、北の大地に家畜を追った。
 南の大地に

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