西口一希氏に聞く「マーケティング戦略立案で迷わないために、大切なこと」
P&G、ロート製薬、ロクシタンジャポン、SmartNewsなどで、これまで数々の商品・サービスの売上を急成長させてきた西口一希氏が、新著『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』を上梓されました。著書では、「マーケティングの樹海」を抜け出すためのコンパスとして、ビジネスで使えるマーケティングを解説されています。
そこで今回、「マーケティングの戦略立案で迷わないために大切なこととは何か」に焦点を当て、当社 代表執行役社長 グローバルCEO佐々木徹と共にお話をうかがいました。仕事でマーケティングに携わる方をはじめ、マーケティングを学ぶ学生の皆さんにも役立つお話です。なお、本企画は当社の社内報企画から抜粋してお届けいたします。
新規獲得よりも「価値の再評価」に注目しよう
マクロミル広報担当:新著『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』の上梓、おめでとうございます。前著『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』から8カ月ほどでのご出版ですね。新著は特にマーケティング初心者に向けた内容とお見受けしました。
西口:そうですね。今回の書籍は、マーケティング初心者の方により理解を深めてもらえるよう、専門用語を極力排除し、かみ砕いて説明しています。出版にあたり、マーケティング初心者の方を集めたセッションや無償のセミナーを何度も開催し、皆さんが学んだことを実践する上で妨げになっているポイントや、つまずきやすい部分をまとめました。
佐々木:西口さんは今までも、マーケティングやビジネスにおいて重要なのは、「お客様が誰なのかをひもとくこと(WHO)」「そのお客様が商品・サービス(WHAT)にどのような価値を見いだしてくれているのかを考えること」であると繰り返し仰っていました。新著にはそれらも改めて図解【図1】されていて、非常に分かりやすかったです。
西口:ありがとうございます。WHOとWHATの関係性を含め、新著ではストラテジーマップに全て凝縮させました。前回のミルコミの取材時に、マクロミルと共同研究を進めている9segs®※についてご紹介しましたが、9segs®を図解して分かりやすくしたのがストラテジーマップ【図2】です。こちらを見てもらいながら、少し補足説明をしますね。
※顧客を「認知・購買経験・購買頻度」と「NPI(Next Purchase Intention:次回購買意向)」の2軸で9つのセグメントに分類し、顧客情報を戦略的に分析する手法
マクロミル広報担当:ぜひお願いします!
西口:佐々木さんが仰る通り、どんなビジネスであっても、お客様(WHO)とプロダクト(WHAT)との間に存在している「便益(その商品を選ぶ理由)」と「独自性(他の商品を選ばない理由)」を明確にすることから始めてもらいたいと思っています。このWHOとWHATの関係は、複数パターンあることがほとんどのため、ストラテジーマップの①では3パターンが存在すると仮定し、記載しています。
マクロミル広報担当:その3パターンをさまざまな媒体・手法で訴求するのが②の工程、そしてお客様が初めて購買した状態が③ですね。
西口:そうです。そして初回購買した方たちは、必ずその商品・サービスの価値を再評価します(ストラテジーマップ④)。その結果、「やっぱり良かったからまた買おう(継続購買)」もしくは、「期待していた価値が全く得られなかったのでもう買わない(離反)」など、いくつかの行動パターンに分かれます。ここを見落とすマーケターの方が非常に多いのですが、この「価値の再評価」をしっかりと分析することが大変重要です。例えば継続購買者の中には、「当初想定していた価値が期待通りだったから継続している人」と、「当初想定していた価値はあまり感じられなかったけれど、別の価値を見いだしたので継続している人」のどちらも含まれます。後者のお客様に対して、当初と同じ訴求をひたすら続けても逆効果となってしまうこともあります。「価値の再評価」で、お客様が何を評価したのか、もしくは評価しなかったのかを見極めることが大切ですね。
マクロミル広報担当:確かに、一消費者として、当初と異なる価値を見いだして継続購買した経験がある人は多いと思います。このストラテジーマップは、マクロミルのようなBtoB企業にも当てはまりますか?
西口:BtoB、BtoCを問わず、全てのビジネスがストラテジーマップで説明できます。BtoBならではの「やるべきこと」としてカスタマーサクセス※がありますが、それがうまくいっていない場合の原因の一つとして、先述した「価値の再評価」を適切に洞察できていない可能性があります。お客様の評価ポイントを把握できていないとカスタマーサクセスは最適化できず、効率的ではありません。BtoB、BtoC共に、新規顧客の獲得(ストラテジーマップ③)がKPIとして重視されがちですが、実は価値の再評価(ストラテジーマップ④)の分析や洞察こそが重要なのです。
※顧客を成功体験へと導くための取り組み
最も重視すべきは、累計利益の8割をつくり出すロイヤルカスタマー
西口:私はかねてより「お客様起点で考えましょう」という話をしていますが、お客様の中でも最も重視して見るべきなのは、継続して購入・利用してくれているロイヤルカスタマーです。「パレートの法則※」と言われる通り、上位顧客による累計利益の集中は必ず起こります。ストラテジーマップで言うと、④で単価や購入頻度がアップしている人のことですね。この方々の分析も重要です。累計利益の大部分をつくり上げているこの方々が感じている価値や、求めていることをしっかりと見極めないといけない。当たり前のことを言っているようで、これを現場で意識するのは難しいのです。目の前のお客様と一生懸命対峙すればするほど、上位2割ではなく残り8割のお客様の印象が強くなり、打ち出す施策は全て下位の8割に向けたものになりがちです。
※特定の要素20%が、全体の80%の成果を生み出していると考える経験則のこと。マーケティングにおいては、「企業の累計利益の80%は、全顧客の上位20%がもたらしている」などの例で使用される
マクロミル広報担当:ストラテジーマップと照らし合わせて、押さえるべきポイントを常時確認する必要があるということですね。
西口:そうですね。ロイヤルカスタマーは、中長期の収益性を左右する特に大切なお客様です。その離反が多ければ多いほど、収益性は悪化します。一方で短期的に売上を上げるためには、いかに新規顧客を獲得するか(ストラテジーマップ③)もしくは、ロイヤルカスタマーへ値引きキャンペーンなどを行い、一時的に単価や購入頻度をさらに上げてもらうかの2択です。しかしロイヤルカスタマーへの値引きキャンペーンは、商品・サービスの価値を下げることにもなるため、あまりお勧めできません。
また、ロイヤルカスタマーの分析を精緻にできると、新規顧客獲得の効率化も進みます。「ロイヤルカスタマーになり得るお客様の傾向」が分かると、そうした方を優先的に獲得するための施策を打てるようになるからです。
マクロミル広報担当:ストラテジーマップの中でも④が特に重要であることがよく分かりました。①~⑤の全てに係るものとして「⑥ブランディング」がありますね。
西口:ブランディングとは、「また買いたい」と思った気持ちを忘れさせないように、消費者の記憶に残す取り組みのことです。ストラテジーマップ④の中に「忘却・離反」と書かれた矢印がありますが、価値を感じているにも関わらず、忘れられてしまう忘却離反は全てのビジネスにおいて起こり得ます。皆さんも、「おいしかったのでまた行きたい飲食店があったのに、忘れて別のお店に入った」ことがあるのではないでしょうか。忘却離反を防ぐために、色や形、言葉などで印象を残すのがブランディングです。ただし、高級ブランドやコスメブランドなど、ブランドのイメージがそのまま便益になる一部のカテゴリーを除き、ブランディングによって商品・サービスが売れることはなく、売れるのはあくまでも便益と独自性があるからです。
独自性は、お客様に認知されてこそ成り立つ
マクロミル広報担当:ストラテジーマップの理解が深まりました。やはりまずは、各段階でのWHOとWHAT(便益と独自性)を考えるところからですね。独自性について、類似商品・サービスがすぐにリリースされる昨今、あっという間にコモディティ化して価格競争に巻き込まれてしまうこともありますか?
西口:確かに、インターネットの普及が進み、より模倣をしやすくなっていて、企業が独自に持っている技術や商品の強みがコピーされるスピードはどんどん速くなっています。特にアプリ事業などに代表される、インターネットサービスの模倣スピードの上昇は顕著です。一方で独自性は、お客様が認知して初めて成り立つものです。比較対象があり、両方とも同じ便益を得られる商品だと認知されていたら独自性は弱くなりますが、お客様が自社商品のみを認知しているうちは、仮に他社が似た商品を提供していたとしても、自社に独自性がある状態と言えます。提供者側の立場だと競合のことはよく見えていますが、お客様はそうではありません。
これは2019年に出版した書籍『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』にも書いたことですが、世の中でカテゴリートップのブランドの多くは、もともと一番手ではありません。カテゴリー内の二番手や三番手であることが多いです。つまり、似たような便益の商品・サービスであっても、お客様の認知を先に取ることができれば、それは独自性になり得るということです。
ロイヤルカスタマー20人に聞くと見える
マクロミル広報担当:西口さんがお客様をより深く理解・洞察するために、日頃から意識していることはありますか?
西口:まずはやっぱり商品やサービスを自分で使ってみることです。使ってみて、便益と独自性がどのようなところにありそうかを、お客様になりきって分析するところから始めます。性別や年代が理由で私自身が使用しづらい商品の場合は、ロイヤルカスタマーに話を聞き、その商品・サービスのどこに価値を感じて、お金や時間を使っているのかを深掘りします。この時に、お客様が必ずしも本質的なことを言葉で表現できるとは限りません。自分の中で仮説を立てつつ、さまざまな角度から質問を繰り返します。
マクロミル広報担当:何人くらいに話を聞くと、成立している便益と独自性が見えてくるのでしょう?
西口:20人です。大体10人で何パターンかの仮説が見えてきて、20人で確信に変わります。ここまで既存商品の話をしてきましたが、まだ世に出ていない新商品の場合は、参入しようとしているカテゴリーの競合商品や、代替品となるもののロイヤルカスタマーに聞くと良いと思います。
佐々木:西口さんと会話をするたびに、私自身がマクロミルのお客様のことを深く理解できているのかと自問自答します。
西口:佐々木さん含め経営者の方は、今日お話ししたストラテジーマップのようなものを、ご自身の中で感覚的に持たれている方も多いと思います。ただ、まだビジネス経験の少ない若い方にとって、それは難しいですよね。だからこそストラテジーマップを見ながら、「商談している目の前のお客様はどの段階にいて、マクロミルにどういった価値を感じてくれているのか」、ビジネスを支援する際には、「お客様が取り組んでいる施策はどの段階に紐づいているのか」と考える習慣をつけると良いと思います。
佐々木:まずはそれがスタートですよね。今回の新著は特に分かりやすく、理解が深まる社員も多いと思います。マーケティングの構造や概念を理解できたら、次はそれを日々の業務の中でどう実践していくかが大事です。例えば、言語化されていないお客様の行動をどう捉え、どう仮説立てていくかなど、経験則に頼るだけでなく、ノウハウとしてまとめていく必要もあると思っています。
西口:そうですね。そして書籍にも書きましたが、天才と呼ばれるマーケターであっても、失敗の経験は必ずあります。私自身もたくさんの失敗を経験してきました。その中でも特に大きなものを一つお話しすると、20代後半でP&G在籍時に担当したヘアケアブランドでの経験です。発売当初に新規のお客様をたくさん獲得できたものの、商品の便益と独自性を正しく伝えられておらず、リピーターが増えないという典型的な大失敗をしました。そして残念ながら、このブランドは数年でなくなりました。当時はストラテジーマップの概念を明確につかめておらず、新規顧客の獲得のみを重視してしまった結果です。いろいろとお話ししましたが、失敗はつきもの。マクロミルの皆さんには失敗を恐れずに、迷ったり分からなくなったりした時にはストラテジーマップで現在地を確認しながら、お客様と向き合い続けて欲しいと思います。