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アメリカ景気後退の兆候 : 連銀の金融引き締めにより金回りが悪化している状況についての考察

前回の記事 シリコンバレー銀行 (SVB: Silicon Valley Bank) 破綻から垣間見る利上げの銀行システムへの影響と今後の連銀の金融政策  で、アメリカの商業銀行からの預金流出は利上げによる景気悪化によるものではないかと書いた。今回は、貨幣供給量M2が低下している事と消費者向けのリボルビングクレジットとクレジットカード利子率が急激に上昇している事からアメリカの預金流出と景気悪化について考察してみようと思う。アメリカの景気悪化は日本へも波及する以上、早めにその兆候を読み取ることができれば景気悪化にそなえる事が期待できる。

調査結果

商業銀行全体の預金額

アメリカにおける商業銀行の預金流出は2022年手前頃からあった。利上げによる金融引き締めの効果は、すでにこの頃からあったと示唆している。

図 1. 商業銀行全体の預金額 (3)


貨幣供給量M2の減少

貨幣供給量M2は2022年度初頭から下がり始め、2023年度初頭では下がり方が1930年の大恐慌時のそれと同等という (McGeever, 2023)。M2 とは現金に加えて定期預金などすぐに現金に換えられるものをさす。図2. に見られるように2022年度をピークに減少に転じている。2023年4月の現在では減少幅が拡大していく兆しにみえる。

図2. 貨幣供給量M2 (2)


消費者のリボルビングクレジットの急上昇

消費者のリボルビングクレジットは2011年から2020年初頭まで比較的緩やかに上昇し、2020年の上四半期では急激に低下しその後2021年まで緩やかな低下がみられる。2021年から2023年現在に至るまで急上昇しているようにみられる。

図3. 消費者向けリボルビングクレジット (4)


商業銀行が発行するクレジットカード利子率の急上昇

2012年から2016年までは横ばいで推移し、その後2019年あたりまで上昇しているのがみられる。その上昇の幅はリーマンショック時の景気後退期間を上回っている。2019年から2022年初頭までは比較的緩やかな減少がみられるが、ほぼ横ばいと言っていい。2022年初頭から現在に至るまででは急上昇しているのが見られる。

図4. 商業銀行が発行するクレジットカード利子率の急上昇 (5)


10年物米国債の市場利率の推移

2012年から2019年までは2-3%の間で推移し、2019年から2020年初頭まで、1%を割って下降しているのがみられる。その後、2022年度中盤まで4%あたりを頂点に向かって上昇した。現在3.5%あたりで推移しているようにみられる。

図5. 10年物米国債の市場利率の推移 (6)

考察と結論

10年物国債の利率が上昇し始めたのは2020年の中頃で、その影響が出始めたのが1年半程度経った頃の2022年初頭ではないかとみえる。その理由は、貨幣供給量M2と商業銀行全体の預金額が同じ頃に減少しはじめたからである。M2が減少しているという事は世の中の「金回り」が悪化しているということであり、預金を取り崩してやりくりせざる得ないので預金額の減少の理由となる。一つ指摘しておかなければならないのは、過去の利上げサイクルではその影響が見られない事である。では何故今回の利上げサイクルでM2等が減少に転じたのか。仮説として考えられるのは、2007年頃から15年間に渡って金利が減少していた時期に、公的部門も民間も負債が増大したのに加え、1年半足らずで0.5%から4.0%まで利率が急上昇したからではないか。先のリーマンショックでもこの現象はみられなかったので、「何か」が壊れたのではないかという印象を筆者はもつ。

もう一つ景気後退を示唆する要因がある。アメリカのGDPの7割程度は消費であるので、消費者マインドが悪化すれば不景気になる確率が高くなる。消費者マインドが悪化する要因は、解雇などによる所得の減少や所有する不動産などの資産価値が低下する事などがあげられる。もちろん、給与水準にくらべて物価上昇率が高い場合も消費者マインドを冷え込ませる要因になる。そしてアメリカでは生活レベルを維持するためにクレジットカードが大活躍する。クレジットカードなどのリボルビングクレジットは、景気後退し始めたのち減少するが、総じて上昇し続けており、現在も最高値を更新し続けている。そういったところで2022年度では利子率が15%から19%まで跳ね上がった。時期的に考えてM2が減少に転じたことと無縁ではないと思う。「金回り」が悪化した結果、クレジットカードの利子率が急上昇している。

景気後退が失業率やCPI(消費者物価指数)に反映されるのはもう少し先(半年くらいだろうか)のように思える。ただし今年は大統領中間選挙がある。歴史的に大統領中間選挙のある年は、景気刺激策などを講じて現政権が政権維持に奔走するのが常である。パウエル連銀総裁は相当の政治的圧力を加えられているに違いない。しかし、最終的に金融政策を判断し実行するのはパウエル連銀総裁なのだ。ある意味大統領より権力をもっていると言っていい。分断したアメリカ社会でオバマ、トランプ、バイデン政権の連銀総裁として仕え、地位を維持できるくらい政治手腕にたけているので現政権政党の圧力をうまく乗り越えて金融引き締めを継続していく可能性もある。

引用索引

1.     McGeever, J. (2023, March 30). Reuters. Column: US money supply falling at fastest rate since 1930s. https://www.reuters.com/markets/funds/us-money-supply-falling-fastest-rate-since-1930s-2023-03-29/
 
2.     Board of Governors of the Federal Reserve System (US), M2 [M2SL], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis; https://fred.stlouisfed.org/series/M2SL, April 1, 2023.

3.     Board of Governors of the Federal Reserve System (US), Deposits, All Commercial Banks [DPSACBM027NBOG], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis;
https://fred.stlouisfed.org/series/DPSACBM027NBOG, April 1, 2023.
 
4.     Board of Governors of the Federal Reserve System (US), Revolving Consumer Credit Owned and Securitized [REVOLSL], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis; https://fred.stlouisfed.org/series/REVOLSL, April 1, 2023.
 
5.     Board of Governors of the Federal Reserve System (US), Commercial Bank Interest Rate on Credit Card Plans, All Accounts [TERMCBCCALLNS], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis; https://fred.stlouisfed.org/series/TERMCBCCALLNS, April 1, 2023.

6.     Board of Governors of the Federal Reserve System (US), Market Yield on U.S. Treasury Securities at 10-Year Constant Maturity, Quoted on an Investment Basis [DGS10], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis; https://fred.stlouisfed.org/series/DGS10, April 2, 2023.

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