見出し画像

冥途の土産の本づくり ~97年を97首と辿る97ページ~

『関谷安喜子ライフヒストリー』 私家版|2019年


大好きな祖母の一周忌を迎えました。

私にとって祖母は、ときに母のような存在で、歳の離れた姉のようでもあり、気の合う親友で、そして憧れの人でした。小さい頃から、いつか両親が自分より先に死んでしまうことよりも、ずっと先の未来、祖母のいない世界を生きていかなくてはいけないことを想像しては、恐れていました。

おしゃべり好きな私たちは、なんてことない日常の話から祖母の波乱の人生のエピソード、私の些細な悩み事まで、たくさんの話をしました。

夫婦喧嘩の愚痴をこぼせば、
「あなたと同じような人と結婚したらうまくいかない、違うからいいのよ!」
とぴしゃりと指摘され、妙に納得してしまったこと。

仕事の悩みを相談をすると、
「世の中は矛盾だらけ、そんなに純粋にとらえなくていいのよー」
と笑いながら、心配してくれたこと。

私の抱える悩みの多くは、状況は違えど、本質の部分は祖母の人生では既に経験済みのことばかり。経験に裏打ちされた的確すぎるアドバイスにときにムッとしながらも、励まされてきました。


祖母が90歳を過ぎた頃、いつまでも続くと思っていたこの時間がいずれなくなってしまうことを受け入れ、自分自身のために、祖母との会話を記録に残すことにしました。


それから7年後の2019年の春。祖母は97歳で人生の幕を閉じます。
亡くなってから四十九日までの間、旅立つ祖母への「冥土の土産」として、7年間の記録をもとに祖母のライフヒストリー本をつくることにしました。97年の激動の人生を、祖母がつくった97首の短歌とともにたどる、97ページの本。


加工2_IMG_3347

加工IMG_3377


ストーリーは、江戸末期の先祖の話からはじまります。
祖母との会話の記録に加え、残されていた資料、家族や親戚からのインタビューを交えながら、時代ごとにエピソードをまとめ、祖母の人生の足跡を辿ります。それぞれの時代の区切りには、祖母が生涯でつくった数千首の短歌から約10首ずつ選んで紹介しています。後半には、私たちの何気ない会話のやりとりを残しました。付録の家系図には、祖母とかかわりのあった親戚が100人以上登場しています。

製本は、6種類の和紙のみを使用し、祖母が好きだった仙台の広瀬川をイメージしたさざ波模様で綴じた和綴じ形式です。
欧文タイポグラフィは、小柄で重心低めの祖母の佇まいからデザインしたオリジナルフォント「AKIKO」。

家族と一緒に、本をつくりながら祖母の死と向き合った四十九日間でした。


「みんなで本をつくったことで悲しみが癒された」
本が完成したときの、母の言葉です。

この本づくりを通してわかったことがあります。それは、人は何かをつくることで、つらい時期を乗り越え、悲しみを受け入れ、心を癒し、前を向いて過ごすことができるということ。
本でなくても、絵を描いたり、歌を唄ったり、文章を書いたり、料理をしたり、詩を詠んだり、書を書いたり。たとえ誰のためにもならなくても、自分のためにつくって自分を励ませるなんて、素晴らしいことじゃないか。そう思えるようになりました。


あれから1年。
葬儀のあと、夫が近所の植木屋で買ってきた松に、はじめて花が咲きました。旧姓に「松」が入っている祖母に合わせて、松を選んだのだそうです。

「さすがひふくんねー、おもしろいわー!」
という、祖母のソプラノボイスが聞こえてくるようです。
よく、桜が咲いたらあの人を思い出す、というような歌詞があるけれど、うちはこの素朴な松の花をみるたびに、祖母を思い出すことになりそうです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?