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【童話】ぼくの冒険のはじまり


すごい雨が続いている。もう何日も何日も、数えられないくらいだ。

そして、ある日ハトが窓辺にやってきた。ぼくは、ぼくの部屋の2階の窓から見た光景に、夢かと思って何度もほっぺをつねったり、たたいたりしたんだ。
だってね、信じられる?ぼくの家の外は海になっていたのだから。

まるで船みたいに、ぼくの部屋は海に浮いていたんだ。どこなんだろう。あたり一面がぼくの住む町を大きなくじらが飲み込んでしまったように消えてしまったんだ。

そうして、ぼくは部屋にいながらにして、海を漂うことになった。
冒険がしたいって、勇者になりたいってずっと思っていたんだけどね、まさかこんな形で冒険が始まるなんて思いもしなかった。

飛んできた1羽のハトだけが、ぼくとぼくの部屋と一緒に海を漂っている。ハトは、よく公園で見るハトではなくて、真っ白な体をしている。
なんだっけ、まるで手品とかで帽子から出てきたりするような白いハトさ。

窓の外の海は大きな波がザブンザブンと繰り返して遠くからやってきて、ぼくの部屋ごとゆり動かして、またザブンザブンと遠くまで続いている。

ぼくはこんな風になった世界に驚いているけれど、でも昔から知っていたような気もしてるんだ。

波は高いけれど、すごかった雨は止んで、太陽がぼくらを照らしている。太陽があるだけで、方角が少しわかるから安心だ。どこに向かっているのかもわからない船に乗っているからね。

ハトは、屋根の上にいくと行って、ハタハタと飛んで行った。そう、ぼくはハトと話ができるみたいだ。この海原にはぼくとハトだけがいる。ぼくは、窓辺から身を乗り出して、ハトに問いかけた。
「おーい、そこから何かみえるかい?」
「海と空と太陽が見えるよ」
なーんだ、この窓から見えている景色と同じかぁ。

「ねぇ、ハト。君の名前を教えてよ」
「名前?人間らしいこと言うなぁ君は。そんなものあってどうするのさ」
「名前がないと、不便だろ?」
「何で不便だと思うの?」
「だって、名前がないと、君を何で呼んでいいのかわからないよ」
「ぼくのことをひとつの名前で呼ぶ必要ある?」
「あるよ。今、この海の上でっていうか、地球で?ぼくらしかいないんだよ。友達になりたいんだ」
「そう。じゃあ名前、決めてくれていいよ」
ハトは、ぼくに名前を決めていいと言ってくれた。まっ白い色だから、シロ、ユキ、ミルク、えっーっと英語ではとは何ていうんだっけ。見かけで名前決めるのってありきたりかな。
ハトは、何が好きなんだろう。どんな性格なんだろう。どんなはとになっていきたいのかな。

ぼくが、ずいぶん長い間なやんでいると、屋根の上から声がした。
「おーい。まだ決まらないの?名前」
「うん、君のこともっと知ったら、君らしい名前が見つかりそう」
「ふーん、君はむずかしい生き物だな」
そうだね、ぼくらは、なんだかいつも色々と考えたり感じたりして、それを言葉にあてはめているね。
「おーい。君の名前は何て言うんだよ」
「名前、知りたくなったの?」
「ちょっと考えていたのさ。名前って、きっと人間にとってとっても大切なんだろう?その名前は、君の大切なものなんだろうと思って知りたくなったのさ」

ハトに言われて、大切な家族を思い出した。ぼくの名前をつけてくれたお父さんとお母さん。どこに行ってしまったんだろう。

ずいぶんと昔のことのように思える。ぼくは、昔大人だったような記憶もある。不思議なことになったものだ。
今が、過去なのか未来なのかよくわからない。今は今だよねって思うけれど、こんなに何にもない地球っていつなんだろう。そう思えてくるんだ。

「ぼくは、はるとっていうんだ。はるとって呼んで」
「はると」
ハトに名前を呼ばれて、ぼくは何だか嬉しかった。ハトと話をしていて、だんだんハトが好きなことがわかってきた。
ハトは、たくさんのハトと仲良く暮らしていたんだ。好きな食べ物はポップコーンなんだって。特技は、道を覚えることだってさ。
「はると、はると、外に出てみなよ」
ハトは、窓のふちにとまってこちらを見ている。
「海に落ちたらどうするんだよ」
「大丈夫、ぼくがいる」
何だよ怖いじゃん、下は全部海だよ海。ハト、小さいのにおぼれたぼくを助けられないだろ。そんな、弱気にもなったけれど、そもそも夢みたいなことになっているのだから、何だってできる気持ちになった。
ぼくは、窓から部屋を出て、おそるおそる屋根の上までよじのぼった。ときどき大きい波が来て、ゆれた。ぼくは、必死につかまれるとろにつかまった。
ハトは、ハタハタとぼくの周りをくるくる飛んでいる。屋根に登ってみて果てしない海原におどろいた。太陽が低いところへ下がっている。こんな夕焼け空を眺めるなんて、なかなかないぞ。ぼくは、屋根の上に座った。

良い風が吹いている。季節はいつなんだろう。寒くもないし、暑くもないや。

ぼくの隣に、ハトもちょこんと立っている。
ぼくらは、大きな空を眺めていた。雲がゆっくり流れていく。ぼくらもゆっくり波にのって流れている。
太陽が海に沈みだして、空が紫色やピンク色に染まりはじめた。
「きれいだね」
「きれいだね」
ハトはぼくの言うことを繰り返した。

夕焼けの時間はとてと短くて、すぐに夜の空がやってきた。下を見たら果てしない海だ。やっぱりこわい。海の深さがどれくらいかなんて、さっぱり想像もつかない。
夜の海はこわいから、ぼくはなるべく空を見上げた。そのうちに、海も空も黒くなって、ぼくはすごい景色を見たんだ。空が一面に星だらけだ。あまりの数に、あっとうされたし、ぼくはこの屋根がぼくの星に思えてきて、宇宙にいる気分になった。ずっと続いている海と空。
永遠ってこう言う感じなのかな。先がなくて不安っていうよりも、ずっとあるから安心な感じ。
「あ。とわ!君の名前はとわが良い」
「とわ?」
ぼくは、ハトをとわと呼ぶことにした。
「とわって、永遠ってこと。ずっと続くことだよ。どう?」
「とわ。良いかもね。君がそう呼んでくれたらぼくのことって思うようにするよ」

夜の静かな月がぼくらを照らしている。満月だ。波もとても穏やかで、月の明かりがキラキラ黒い海を照らしている。

「とわ、ぼくらはずっと友達さ」
「ずっと友達ね。はると、友達って何するのさ」
「一緒に遊んだり、語り合ったり、困ったとき助け合ったりするんだ。一緒にいて楽しいと思ったり、安心できたりするんだ」
ハトはだまって聞いている。
「とわ、たくさんの仲間と暮らしてたんだろ?それが友達や家族さ」
「なるほどね」
そう言って、ハトは翼を羽ばたかせて飛んだ。星空を見上げるぼくの視界の中で、白いはとは気持ちよさそうに飛んでいる。
「とわー。海の先に何か見える?」
「海が見えるよー」
相変わらず、海だけの世界なのか。不思議とぼくはお腹もすいていないしのどもかわいてないや。
「はるとー。君も飛んだら」
「ぼくは飛べるわけないだろー」
「飛べるさ。やってごらんよ。思いのままに」
ハトはそんなことを言う。無理だって、さすがに。

ハトは、屋根に降りてきて、こう言った。
「はると、ここにいてもずっと海だよ。あの星のどれかに、行ってみようよ」
「そんな。できるわけないよさすがに。とわは翼があるだろ。ぼくにはないから飛べないんだ」
「はると、君は自由なんだよ。びっくりすること言うよ。君はたましいだ」
「え?たましい」
まるでぼくが死んじゃったようじゃないか。
「うん。はると、まずは星を選ぼうか。君がピンとくる星を見つけよう」
ぼくは、星空を見上げた。星の数が多すぎて選べやしない。そもそもおんなじじゃん。
「とわ、わかんないよ」
「大丈夫大丈夫。はると、ちゃんと飛べるし、行き先見つけられるから」
話はよくわからない方向に進んでいる。ぼくは、どうやら、今から空に飛んでいって星を選ぶらしい。
「はると、おいで」
ハトは、ハタハタ翼を動かして宙に浮いている。何でもありなんだ、この世界は。飛んでみよう。

ぼくは身体が軽いことに気づいた。むしろ、身体なんてなかった。
気づいたら、ぼくはハトの横に浮かんでいる。
「とわ、ぼく、死んじゃったの?」
「はると、はるとは今から生きるんだよ。さあ、行こう」
ハトに導かれるままに、ぼくは後を飛んで行った。どんどん星が近くなる。

ぼくは下を見た。ぼくが星のように感じた、さっきまでいた屋根が海の上をただよっている。でももう、ぼくの部屋の部分は海につかってしまって、屋根だけが海面に浮かんでいた。もう戻れない。ぼくは、星を選ぼう。
「はると、元気?」
「うん、元気だよ。とわ、君がいて良かった」
ぼくらは、星をめざしてさらに飛んだ。星が近くなってきて、ぼくは温かさを感じる星を見つけた。
「とわ、あの星。あの星が好きかもしれない」
「はると、できたね。わかったんだね」
そのとき思い出した。白いハト、ぼくはもう何年も前にとわに会ったことがあるって。
そして同時に、またお別れだって思い出した。
「とわ、とわも一緒に行けないの?」
「知ってるだろ?行けないこと」
「さみしいよ、友達になれたのに」
ハトはさみしくないのかな。
「はると、名前をくれてありがとう。ずっと友達だろ。また会える日までさようならだ」
「とわ、ぼく、ここにいちゃだめなの?」
「だめだよはると。君のこと、待っている人たちがいるんだよ」
「ぼく、生まれるんだね」
「そう。また全部はじめからはじまるんだよ」
そんなハトの声を聞いて、ぼくは真っ白な光に包まれた。

ぼくが選んだ星。色んな音が聞こえる。
ここはとっても温かい。


















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