てしかがえこまち推進協議会と㈱ツーリズムてしかが

~「住民参加」から「行政参加」へ~
◎観光カリスマとの出会い
 
 当弟子屈町は東北海道に位置し、世界でも有数の透明度を誇る摩周湖や、日本最大のカルデラ湖の屈斜路湖、今なお噴煙をたなびかせる硫黄山、原始の姿を見せる釧路川など、自然資源に恵まれた風光明媚な地域である。
阿寒国立公園の約55%を占める当地は、一時期は数百万人の観光客が訪れたいへんな活況を呈し、農業と観光が2大基幹産業として地域経済を支えていた。しかしながら、平成3年をピークに観光客数は激減、平成20年度には80万人を切り、地域経済に暗い影を落としていった。
 平成19年4月22日、弟子屈町川湯温泉のふるさと館で「自然と共生した観光・リゾート地域とは」と題した観光講演会が開催された。講師は国土交通省が選定する観光カリスマの山田桂一郎さん。
会場には約100人の町民が集まり山田さんのお話に熱心に耳を傾けた。
集まった方々は観光関係者をはじめ住民の皆さんや近隣市町村の観光関係者のみなさん。
 山田さんは観光先進地でご自身も活躍されているスイスのツェルマットのお話や観光に関するデータに基づいたさまざまな話をされた。人口減少による地域経済の縮小や団体旅行の減少、物見遊山観光の減少など、これまで団体旅行の受け皿として観光振興を進めてきた地域にとって非常に耳の痛い、厳しい状況であることが明確に聞いてとれた。
 しかし、山田さんによれば摩周湖や屈斜路湖、硫黄山、温泉など、観光先進国であるスイスと比較しても決して引けをとらない類まれな地域資源を豊富に有する弟子屈町なら、地域住民が上手に取り組めば未来は明るいとのこと。
 この講演会をきっかけに、弟子屈町の観光の取り組みが大きく動き始めた。
それまで、弟子屈町も他の多くの観光地と同じく、高度経済成長期の日本の人口増加にも後押しされて、団体旅行の場として、自らは特段の経営努力をしなくてもたくさんのお客さんがどんどんやって来る状態であった。そして趣のあった温泉旅館は現代風の大型ホテルへと変貌を遂げ、発展していく一方で、宿泊施設自体がお土産品店、飲食店、カラオケ、ゲームセンターなどを囲い込むこととなり、それが地域の商店街を疲弊させる原因となっていった。
 また営業といえば発地である旅行エージェントに送客をお願いすることがメインであり、地域の普遍的な魅力を省みることもして来なかった。PR不足もさることながら、地域の魅力不足であることに気づかなかったのだ。
講演が終わって数日後、参加した関係者らが役場を訪れ、「山田さんにアドバイスをいただきながら地域の観光振興を進めたい」という要望があり、「町ぐるみで取り組むなら」と、行政でも支援することとなった。こうして山田さんとの取り組みとして当町の地域観光振興が新しいスタートをきった。
 
◎地域協議会への取り組み
 
 はじめは山田さんと観光事業者との意見交換からスタート。
 山田さんから改めて現在の日本における人口減少による地域経済の縮小の状況や、全国のあちらこちらで観光を重視する動きが活発化してきていることや、観光における国際的、国内的背景、マーケティングなど多岐にわたるレクチャーを受けるとともに、今後の町のあるべき姿、地域再生への取り組みについて議論し、意見交換を続けた。
 また、女性の視点での町づくりも重要であるとし、地域の女性の方々による同様の取組がスタートした。そして約10か月間、さまざま議論が行われた。
 さらには地域が一体となった取組をするためには、既存の組織ではできないことが多く、新しい枠組み、仕組みによる組織が不可欠であるとのことから、既存の組織の現状や課題についても懇談の場を続け、新たな地域協議会の設立の必要性が議論され設立が決定した。
 また、地域協議会を設立してもそれは実際に経済活動を行う組織ではないため、取り組み全体のアウトプット先として、新しい会社を設立し、町の観光を総合産業化していくことの必要性なども確認された。
つまりこの段階でアウトプット先として地域に自前で旅行会社を設立し、地域ならではの着地型ツアーを作って販売し、地域が儲かる仕組み、地域に金が回る仕組みを作ってはという意見も聞かれていたのである。
 そして、山田さんとの取組が始まって約8か月後の平成20年2月23日、「てしかがえこまち推進協議会」設立総会が開かれた。
 
◎てしかがえこまち推進協議会
 
 この協議会は「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」を目指し、観光を基軸とした地域再生を目指す協議会としてスタートをきった。最終的な目標は「地域住民が豊かで幸せな町」。
 そのためには、地域の住民が地元の魅力に気付くとともに、来ていただいたお客様に地域全体でおもてなしを提供し、満足して帰っていただくことで「住んで良し、訪れて良し」の町をみんなでつくっていかなければならない。
 こうした町をつくるためには、自らが責任を持って決断し、実行するための新しい仕組み、新しい枠組みの組織が必要と考えられる。
これまでの観光に関する組織は、直接観光に関する事業を営んでいる方々や関連事業者だけで構成されていた。これに対して、この協議会は家庭の主婦や子供たちなど、いわゆる観光産業に直接的に関わっていない一般住民の方々も参加していることが大きな特徴である。
 なぜなら、これからの観光のまちづくりにおいては、さまざまな地域資源を観光素材として再発見して、商品化して観光客に提供しなければならないのはもちろんのこと、こうした取り組みを観光事業者だけではなく、地域のあらゆる業種と、さらには、地域住民との連携によって実現していかなければ、ますます多様になっているお客様の動向の変化に対応できないと考えたからである。
 同協議会の設立は、地域が一体となった取り組みによって「地域力」を発揮する仕組みの実現を目指す第一歩となった。観光というキーワードの下、行政頼りにならずに、あくまでも「自らが動かなければ何も進まない」という強い思いを持って地域の活性化や雇用創造、交流人口の増加を図る組織ができたのである。
 かくして、同協議会は、①エコツーリズム推進部会②人財育成部会③環境・温泉部会④女性部会⑤情報部会⑥食文化部会の6つの専門部会を主体として、さまざまな取組を模索していくこととなった。※現在は、A&A、UDが加わり8部会。
 メンバーにははこれまで準備を進めてきた方々や、弟子屈町をはじめとする多様な団体(町教育委員会、観光協会、商工会、振興公社、JA、自治会連合会、郷土研究会)の長や実務担当者。そして、主体となる町民の方々にも積極的な参加を呼びかけていくこととした。
 
◎協議会とツーリズムてしかがの設立
 
 会の進め方としては、年1回の協議会(総会)、役員会、専門部会長会議、随時開かれる各専門部会を中心に、月1回程度開催される合同専門部会で、各専門部会の活動に関する情報の共有を進めるとともに、アドバイザーに就任していただいた山田さんからそれぞれの活動に対してアドバイスを受けるといったもの。
 初年度である平成20年度を振り返ってみると、この随時開催の専門部会が1年間に約130回開かれていた。単純計算すれば3日に1回はいずれかの専門部会が開かれていたことになる。
 事務局である我々観光商工課の担当職員は各部会の日程調整をするだけではなく、ほぼ全ての部会に同席し議論に加わった。
 また、特筆すべきところは、環境・温泉部会で、新しい旅行プランを提案しようとした際、何回ともなく打ち合わせや議論を展開したが、細部を詰めれば詰めるほど、部会や協議会の活動には限界があることに気づき、このことが後に新しい地域密着型の旅行業者「㈱ツーリズムてしかが」設立の契機となったことである。
 集まって打ち合わせをするたびに、プランはできるが、一番大事なPRや販売は誰がやるのか? という疑問が噴出。そのたびに協議会設立時に話していた「新しい法人をつくる」ことの大切さをメンバーは痛感することになる。
 やはり会社を作ろうと実現に向かってスタートしたのは、年の瀬も押し迫った?年12月26日。協議会の主だったメンバーが集まり、その後も幾度となく打ち合わせを繰り返すも会社づくりなどは皆初めての経験のため、なかなか進まない作業。しかし、刻一刻と迫る4月の設立目標。会社形態の選択についても議論百出するなど一進一退が続いた。
結局、アドバイザーの山田さんの意見も伺いながら、株式会社として設立することとして、町民への説明会も開催した。ここでも批判意見が続出するなど、正直、準備会の面々もあきらめかけたこともしばしばだったと思われる。
 しかし、今のままではどうにもならない、我々が取り組まなければ誰も助けてはくれないという強い思いのもと、晴れててしかがえこまち推進協議会の理念を具現化するための新法人の「㈱ツーリズムてしかが」が4月1日に設立を迎えた。
 
◎えこまち推進協議会と株式会社ツーリズムてしかが
 
 ツーリズムてしかがは協議会で議論された内容を具現化するため、まずは3種の旅行業としてスタートした。
 ここを窓口に地域内の様々な着地型ツアーや宿泊施設を案内したり、独自の商品を開発するなど、弟子屈町の魅力を積極的に発信している。
同社では来訪者がいかに地域の魅力を楽しんでもらえるかに力点を置いている。来訪者のニーズに合わせてツアー事業者やホテルを選別して紹介することは、民間企業だからこそできることである。そして、ここがワンストップ窓口となることで、来訪者の様々なニーズを具現化した商品を旅行業者に売り込むという役割もある。
てしかがえこまち推進協議会はある種の「地域ブランド」である。
ここへ訪れるお客さんは、何だか分からないけれど住民皆が楽しそうに暮らしている、そういった地域に引きつけられる。いわゆる、異なった日常である。
 逆に来てはみたけれど、何だか町の人はお互いに悪口ばかり言っ合って仲が悪そうだ、歩いている人は下ばかり向いて暗い、そんな町に来たがるお客さんはいないであろう。
 つまり「この地域へ来ると何だか楽しいね」と感じてもらうことが重要である。そのためには、いろいろな努力がもちろん必要である。「苦労」とか「困難」とかといったネガティブなイメージではなく、何か地域の皆が楽しそうに、大人も子どもも元気にえこまち推進協議会で活動をしていて、女性部会では何かすてきな地図ができ、食部会では地消地産を楽しんで推進しているという風に、町中の皆全ての人が地域の自慢をし、地域を誇りに思っている状態こそが地域の豊かさであり、それが地域の魅力となりその部分に人は魅かれて来るものである。
 同協議会が様々な地域活動を展開し、地域独自の豊かなライフスタイルを提供することで、訪れるお客様に信頼と共感をもってもらう。それが、株式会社ツーリズムてしかがの販売する商品のバックボーンとなり、信頼できる商品として成立すると考える。
 現在はツーリズムてしかがが提供するエコツアーなどの着地型ツアー商品が主たるものとなるが、今後、この活動を通じて、てしかがえこまち推進協議会の信頼性を担保に、地域資源を活かした様々な商品が販売され、「えこまちブランド」でたくさん消費されるように取り組みを続けていかなければならない。
 
◎終りに
 
 観光を機軸としたまちづくりを進めるには、行政が主導して住民を参加させる「住民参加」ではなく、住民が主導して行政に支援を求める「行政参加」が望ましい。こうした取り組みを進めることが、循環型で持続性のあるまちづくりを目指すことにつながり、その結果として
 「住んで良し、訪れて良し」の地域が実現するのである。そのためには、着地型旅行などを通じて、さまざまな方々が業種を問わず連携し、訪れたお客様の滞在時間を増やし、消費を促すとともに、その収益を如何にスピード感を持って地域内で回すことができるかを、そして、その販売窓口となる地域密着型の旅行業者である㈱ツーリズムてしかがを如何に地域で支えて、盛り上げていくかということを、今後の重要な課題として、町ぐるみで取り組んでいきたいと考えている。

公職研
月間「地方自治職員研修」2月号への寄稿文に加筆修正しています。



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