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「今でもこわい」

母はクレーマーだった

ネット メールのない時代
電話か 手紙で
クレームをつける

姉が舐めていたハードキャンディーが
中に空気が入っていたか
欠片で口の中を切り 血が出た

菓子メーカーに伝えた
地方から都会に長距離電話はしないだろう
たぶん はがきか手紙で伝えたんだろう
なんでそんなこと憶えているのか

「まーちゃん(姉)が口の中を切ったって文句言ったら謝ってきたわ」

母が興奮して
ぼくら子供に言ったのかしら

ぼくが小学校に上がる前
5歳くらいか
漫画雑誌を投げ出して
「こわい こわい」
と声をあげた

母は漫画本を取り上げ
中身を見た――
そして版元にクレーム
新聞の投書欄にも書き送った

「こんなものを子供に読ませていいのか」

それは
楳図かずおの「笑い仮面」(写真)

旧軍による拷問で
笑った顔の鉄仮面を
主人公がかぶせられる――
そんな場面だった と思う

母はその部分を切り取り
出版社へ 新聞社へ送った
クレームをつけた 新聞にも載った

「こんなものを子供に読ませていいのか」

何年かのち その話を改めて聞いたのだろうか
はっきり憶えていないが
切り取った誌面を封筒に入れていたのは
見た――と記憶する
本当である 作り話ではない

昔の人はそんなことをしていた

何十年もたち
楳図さんご本人に会ったとき 取材で
その話をした
「そんなことも時々ありましたねー」
と笑顔であった

そうなのだ
母親には
子供を守るための行為として
巨大なものにクレームをつけることがあった
彼女にとっては
きっと英雄的な行動

いや そんな漫画を買い与えるほうが悪いか
今ならヤフーコメント民はそうつづるだろう

ひとつの思い出だが
今見てもこわい

※「笑い仮面」は月刊漫画誌「少年画報」1967年1月号に掲載のようである。5歳6カ月の僕もずいぶんマセがきである。
当時昭和40年代は少年漫画誌も過激になり、追放運動もあった時代。今考えれば、中高生ならともかく、5歳児は怖がるの当たり前だわ(笑)。

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