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「トミオの犬」

現代詩 午前零時の再登板 №6

トミオは満州からの引き揚げ者
父の故郷・福岡でなく
縁もゆかりもない山口へ
ソ連が攻め入った満州四平で
匿った一人の日本兵を引き揚げ後に頼り
その男がいる山口の田舎へ来た
しかし
一家5人を歓迎するお人よしなど
そんな時代に存在せず
両親と姉弟
トミオ一家五人は母の故郷北海道に渡った
そこでも父母の働き口は見つからず
再び列島を南下
炭鉱が活気づいた
福岡直方に落ち着いた

進んだ中学では
引揚者だ
と 学年を一つ下げられ入学
陰では
引揚者と口をきくな と言われていた

ある日
弟と一緒に 食を削って
飼い育てていた犬が消えた

近くの男たちが
野犬狩りをしていた
犬をさらい 身代金のようにして
金を得ていたという

連中にさらわれ
犬が消えた―
買い戻す金はない

今 首を落とされ
皮をはがれ 身だけ
肉塊になって売られる
それがあの犬だ

トミオは 長年
誰にもそんな話はできなかった

あれから70年以上がたつ
まぶたの裏に ボタ山の赤い日と赤い肉が浮かぶ

「犬との別れ」(2022年3月8日)を改変

Selvan B撮影


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