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【パニック不安症・生き方】自己肯定感、がやっと理解できた(気がする)

「自己肯定感が大事」とはよく聞く言葉です。
子育てにおいても「自己肯定感のある子に育てる」
恋愛においても「自己肯定感の強い女は愛される」
そしてメンタルからくる症状に悩む人たちにも
「まずは自己肯定感を高めることが大事」

「自己肯定感」とは
自分を認めてあげることとか
自分を好きだと思うこと、自分に自信をもつこと。
そう理解していたし、
なんだかんだ自分はまぁある方かな、と思っていた。

ところが、その意味を捉え違えていたみたい。
「なるほど自己肯定感ってこういうこと!」
と最近やっと理解できた気がするのです。

本当の自己肯定感って簡単に言ってしまえば
「生きてるだけで自分すごい」
と自分で思ってあげられること。
(私釈)

今までの私は
「きちんと生活をこなしている自分をほめてあげよう」
「なんとか上手にできてる自分が好き」
みたいに、上手くできる自分を認めてあげていたのだと思う。
そうじゃなくて、
何もできなくても、上手くできなくても
ただいるだけで私そのままで十分だよ!と
自分で思ってあげること、
が、自己肯定感ってやつなのではなかろうか!
と、「自己肯定感」の言葉を何年も聞き続けた挙句
ようやくピンときたのです。
なるほどそれなら私、今まで自己肯定感ゼロだったわ!笑

あれができる、これができる、そんな自分が好き、
からくる自己肯定感は
それができなかった時にぼろぼろになってしまう、
自分がダメだと思ってしまう。
そうじゃなくて
何もできない自分でもそれでいいんだ
そのままで愛されるべき存在なんだ
それが本当の自己肯定感なんですね。

私は親との関係がそんなに上手に築けなかったから
何があっても私のことを嫌わずにいてくれる人、
遠慮なく付き合える人、
と思える存在は主人が初めてだった。
正直、衝撃だったのを覚えている。笑

けれどいくら主人に心から許されたって
そのままでいい、何もしなくたっていい、
と言ってもらえていたって
やっぱり私の心には真に響いていなかったんだろうなぁ
と今にして思う。
ありがたいな嬉しいなとは思っても
自分自身でそう思ってあげないと
意味ないんだろうなあ。
「自己」肯定ですものね。

いつでも自分に対して現状に対して
「もっともっと」を求めてしまうのは
悪い事ではないと思う。
何かに挑戦するとかそういう時はきっと
その向上心は大事だ。
でもあくまでベースに
「でもこのままの自分でもいいんだから」と
自分自身で帰る場所を作ってあげる感じ?
それは挫折したり傷ついた時に初めて
自覚するものかもしれないけれど。

ギリギリの状況で攻め続けて、どこかで崩れた時
自己肯定がないと立ち直れなくなってしまう。
そこから私のあらゆるメンタル疾患は始まった
(のだと思う)。
もしもきちんと自己肯定感があって
どこかで「そんな自分でもいいか」と思えるタイミングがあったら
違ったのだろうなぁ。


今の私は少しずつ改善しつつある。
パニック・不安症も克服しつつある。
正しい自己肯定感も少しずつは育っている。
全然きちんとできていなくても
上手くできていなくても
とりあえずは生きている。
楽しくいたいと思えている、
前向きに考えられることも増えている、
それでいい感じじゃんと思えている。
ふむ!


以前の記事にも書いた、
私にとって感謝しかないnicoというコミュニティサイト
不安・パニックの克服なら|nico(株) - 不安・パニックの克服なら|nico(株)
で、この自己肯定感の話ももちろん何度も出てきていた。
それでも自分なりにストン!と理解できたのは
今回やっとのことで。
小説や映画もそうだけれど
同じ言葉に触れるのでも、
時期やその時の自分の気持ちや環境によって
飲み込み方は違うものだから
改めて見直してみてよかった。
自分で書いているこの文章も
読み返しながら
ますます元気を出していけるようにしたいところです。


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