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食と韓国語・翻訳ノート5:비비다(かき混ぜる)

ずいぶん前の話。卵かけごはんが好きだと言うわたしに、どうぞ、と言って出てきたのは、白身と黄身としょう油とごはんが混然一体の、ミルクセーキ色の半流動体だった。リゾット風と言えなくもない。黄身を割りながら食べたいとか、めんどくさいことは言わなかったけど、黄身を割りながら食べたかった。

もっと前の話。日本の奥様たちを案内していて、冷たいものが食べたいというからピンス(빙수/かき氷)屋に入った。隣の女子高校生たちが注文した、氷の上にきれいにフルーツやあずきやアイスクリームの載ったピンスを、奥様たちははしゃぎながら見ていた。次の瞬間、高校生たちはそのきれいなピンスに全員でスプーンを突っ込み、親の仇のようにつぶし、こねまわし、うすあずき色の氷水を作っていく。あのときの奥様たちの顔は、異民族の風習を目撃したような(異民族の風習です)、とても不道徳な行為を見るような顔だった。

「どうして混ぜるの?」

「混ぜる、というか、ピビムしてるのです」

今でもかなりの韓国人が、カレーもピビムする。牛丼や親子丼もピビムする。さすがにカツ丼はしにくそう。最近は「日本式」の食べ方も広がっているから食べ方もいろいろだけど、「絶対ピビムしたほうがうまい」と言って譲らない人もいる。いわく、味つけされてない(タレがかかってない)部分というのは絶対にうまくないから、それをつぶすように、入念にねりあげていく。

ピビダ(비비다)は「混ぜる」より「こする」とか「もむ」に近い。「눈 비비지 마(目をこするな)」。つぶすようにぐりぐりする。まんべんなくこする。ビビンバは「混ぜごはん」ではなく、「混ぜてこすって、ぐりぐりもむごはん」である。

日本人がいくら混ぜても「そんなのでは足らない」と言われる。わびだのさびだの思いやりだのかったるいこと言ってないで、やるなら徹底しやがれと言われてる気がする。あんな動作は日本の食卓にはない。だから動詞もない。

江戸っ子は「そばに、つゆをたっぷりつけて食べてみたい」という。
わたしは「ユッケだけつまんで食べてみたい」。

でもそんな勇気はない。

(写真は職場近くのビビンバ・ビュッフェ。5000ウォンでピビムし放題。)



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