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北極星


砂粒の混じる風が頬を強く打ち、熱の籠もる痛みが唇を震わせた。草木の萌える土はなく、乾いた地の裂け目は暗く深い。とうの昔に枯れ果てた灌木にとまる黒々とした鴉(からす)の群れの、虚しい笑い声だけが残響するさまは、しかし現である。
果てない荒野を歩みながら、わたしは外套の内にかくす青い星の存在を常に想った。「この仄青くかよわい光を、守ってゆかねばならないのだ。」唯一残された使命の断片と、傍若無人な風だけが、鈍重な足を前へと進ませた。
いつからこの茫漠とした道を独りで往く様になったのか、たしかな記憶は無く、そもそも始まりさえ曖昧で、理由など最初から大気に溶けて霞がかっていた。

或るとき、大伽藍のような黒雲をともなう嵐が訪れ、理知の堰を壊してまわり、情緒の奔流が溢れて地を浸した。様変わりした景色は、死のなかにひっそりと予兆を帯びている。わたしは湿った土に力なく横たわると、睡りの淵へ無抵抗に沈んでいった。

幾ばくか夜が過ぎた頃、限りなく黒に近い瞼の裏で、恍とした管弦楽の音がからだに降り注いだので、わたしは驚いて目を啓いた。「あれは光ではないか?」夜空に浮かぶ弦月の、すこし上った場所に、一つの小さな青い星が、歌うような眼ざしを地上へと投げかけている。

わたしはあちこちに砂の入り込んで重くなった上着をまさぐった。あの青い星は、嘗て目も眩む気高い輝きを放ってはいなかったか。からだから溢れ落ちる砂とともに、遺跡のように埋もれていた記憶が、刻々と明るみはじめる。

神殿の奥深くに刻まれた碑文は語った。
遥か昔、あの幽かな青い光が、空の高みにある玉座に、赫々たる美をもって鎮座していたことを。 人々が其れを、北極星と呼んでいたことを。

たとえ再び荒寥とした砂漠に投げ出されたとして、その淡青色の透明な輝きが、確かに世界のどこかにある豊饒の泉へと誘うだろう。わたしは、在るべき処に還った星の慈愛に照らされながら、身を起こした。そして、よろめきながら、砂埃の中に足を踏み出した。


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