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小説|赤いバトン[改訂版]|第11話 もうひとつの馴れ初め(語り:コウサク)

夕食後のリビングで、クミコ先生が2‐Dの集合写真をながめていた。
それは二学期の終業日、クミコ先生の中学校勤務最終日の記念写真。そこに写っている四十一人のために、ボクがった写真である。

「懐かしい写真だね」とのぞき込みながら、
「このなかにコウスケくんのママがいるんだね」とボク。
「うん。いるよ」
「でもね。ママが誰なのか、もう分かんなくてもいい」とクミコ先生。
「バトンがつながってたんだよ。それが嬉しいの」
クミコ先生は泣き始めた。
「コウスケくんがね」
「2‐Dのバトンを真似まねて、折り紙のウラに一生懸命メッセージ書いてさ」
「丸めて、……はい。ありがとうのあかいバトン。……だよ」
「そのママ、2‐Dだよ。この子たちなんだよ。わたしの教え子だよ」
「嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。っあ、っあ、あーん、あんあん」
クミコ先生は号泣ごうきゅうしてしまった。
つられてボクも泣いた。

クミコ先生は当時から純粋で、ちょっと変わった人だった。
新任教員として赴任ふにんした中学校で、まずボクがしたことは、校内をくまなく回り、こっそりタバコが吸える場所を見つけることだった。職員室に喫煙コーナーはあるのだが、教職員どなたかの視界に入る。ボクは誰の視界にも入らず、一人いっぷくできる場所を望んでいた。
話しかけられるのが嫌な訳ではない。人見知りでもないし、年齢性別わず会話するのは好きである。ボクは考えるということ自体が習癖しゅうへきで、考えたことを足したり引いたり、整理することが日課だった。そのために一人で集中できる場所を探していた。
美術室でも構わないのだが、ついでにタバコが吸えれば申し分なかった。そして見つけた場所が、校舎の裏の片隅かたすみ焼却炉しょうきゃくろかげ、どこからも死角になる好都合こうつごうの喫煙スペースだった。
しかし、たまに先客せんきゃくがいた。焼却炉しょうきゃくろ付近に近づくと、少し大きな鼻歌が聞こえる。本人は歌っている自覚はなく、ボリュームが少し大きいことにも気づいていない。誰にも見つからないと、たかをくくっているようだったが、若い女性の鼻歌であることはすぐ分かる。当初は、女子生徒なのかな? だったらっておいてあげよう。そう思っていたので、先客せんきゃくの鼻歌が聞こえた時は、引き返して職員室の喫煙コーナーでいっぷくしていた。
しかし違った。女子生徒ではなかった。
同じような鼻歌を歌っている若い女性が職員室にいた。
それが、クミコ先生だった。

初めて会話した日、ちょっと変わった人だなぁ、を実感した。
校舎の裏の片隅かたすみ焼却炉しょうきゃくろに近づくと、クミコ先生がかげにいることが分かった。もちろん隠れているつもりのようだが、鼻歌のボリュームが大きい。
焼却炉しょうきゃくろかげに回り込みながら、
「あら、先客せんきゃくがいましたね」とボクが言うと、
鼻歌は止み、目を丸くして、クミコ先生は固まった。
そしてすぐさまあわててタバコを携帯灰皿に押し込んだ。
「あーあ、消さないで良かったのに」
そう言うと、クミコ先生は突然、キヲツケして頭を下げた。
「すいません。すいません。今日でやめます。もうここでは吸いません」
無意識のダジャレを炸裂さくれつさせた。
ボクが「どっちの、すいません、ですか?」とたずねると、質問の意味すら分からない様子。こっそり隠れていっぷくがバレてしまって、思考も身体からだも固まってしまったのだろう。キヲツケの姿勢のまま、首だけをワンコのように傾けた。
「ごめんなさいの方? それともタバコの方?」と言うと、
クミコ先生はハッと気づいて「あの、それは、どっちもです!」と。
いつまでキヲツケをしているのだろうと思いながら、
ボクは「どっちも気にしなくて大丈夫ですから」と笑った。

夕方の美術室でも可笑おかしかった。
ボクが自分より年下だと分かると、
急に「あぁ、そうなんだ。ぜんぜん知らんかった」とタメグチに変わった。
そして、渡した缶コーヒー。何度も指をかけていたが、会話に夢中になってその都度つど、指を離し、結局、けないまま、自分が座っていた椅子いすはしに忘れていった。

でも、だから、ボクは好きになった。
ちょっと変わった人で、純粋。三つ年上のお姉さんだが、たまらなく可愛く思えた。我慢できず、順序も踏まず、翌月いきなり結婚を申し込んだ。
するとクミコ先生は、
「はぁ? あんた勘違かんちがいしとらん? わたしたち付き合っとらんよ」
そう言い放ったが、表情が嬉しそうだった。
「はい。もちろん理解しています」
「順番がおかしいやん! デートもしたことないやん、わたしたち」
「なので、結婚するまでの間、これからたくさんデートしましょう」
すると、照れくさそうに「つーか、意味不明」と顔をそらした。
クミコ先生の横顔。目のはしに涙を浮かべていた。
ほどなくボクの方に向き直り、
涙声で「仕方ないなぁ。そこまで言うのなら」と。
そして、こうこたえてくれた。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
その時にはもう、クミコ先生はしっかり泣いていた。

~ 第12話 Q&A(語り:クミコ)に、つづく ~



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