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小説|赤いバトン[改訂版]|第10話 馴れ初め(語り:クミコ)

顧問こもんとして担当し始めた女子体操部の練習のあと、ジャージ姿のまま美術室に行くと、約束したとおり、コウサク先生がいてくれた。缶コーヒーを二本持っていて、一本をわたしにくれた。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます。いただきます」
結局、コウサク先生は、秘密の喫煙場所でのつづきを話してはくれず、というか、その話のつづきをする雰囲気ふんいきにはならなかった。なぜならわたしが「何年目なんですか?」とたずねたら、新卒一年目であることが判明はんめいしたからである。
「年下? 三つも下?」とわたし。
「はい。今年からの、つまり先月からの新米しんまい教師です」とコウサク先生。
しかも一年のクラスの副担任だということも初めて知った。
わたしは深いため息をつき、
「あぁ、そうなんだ。ぜんぜん知らんかった」とタメグチに。
「ボクは知っていましたよ」
そのあと、わたしたちは他愛たあいもない話をしただけだった。
でも、とても心がほぐれた。三つも年下だが、担任経験のない新米しんまい教師なのだが、この中学校では同じ一年目の同僚どうりょう。他の先生方と違って緊張しなくていい。年齢差を意識しないクチのき方は気になったが、同期だと思えば、むしろラクチン。何よりタメグチOKは、本音を語れる。たくさんいる教職員のなか、わたしの味方が一人できたと思った。そして[コウサク先生][クミコ先生]と呼び合うことを決めた。

翌月、わたしたちの交際が始まった。
というか、いきなり「ボク決心しました」とコウサク先生。
「クミコ先生、結婚してください」とプロポーズされた。
「はぁ? あんた勘違かんちがいしとらん? わたしたち付き合っとらんよ」
「はい。もちろん理解しています」
「順番がおかしいやん! デートもしたことないやん、わたしたち」
「なので、結婚するまでの間、これからたくさんデートしましょう」
「つーか、意味不明」
……わたし、心の中ではとても嬉しかった。
秘密の喫煙場所と美術室で会話したあの日から、わたしのポリシーは、
[生徒たちのための謝罪なら、いつでも、どこでも、どんとこい]
コレになっていた。
職員室で「すいません。すいません」とびる時も、以前ほどのストレスは感じなくなった。だから秘密の喫煙場所に逃げ込む理由はなくなり、他の教職員の方々と同様、職員室内の喫煙コーナーを使用するようになっていた。
わたしはコウサク先生にいろいろ相談していた。相談というより、ほとんどが愚痴ぐちだった。
その都度つど「そうなんですね」と受け止めてくれて、
「ボク思うんです」とコウサク先生らしい、清々すがすがしい意見を述べた。
(あ、ヤバ、わたし、好きかも)
そう自覚したら、もう止まらない。好きになっていた。
ハートがしびれるゾッコン・ラブ。

きっとわたしは、コウサク先生に心を読まれたのだと思う。
(クミコ先生はボクのことを好きなのだろう)
(しかし年下のボクには告白しづらい)
(もしフラれたらこの先ギクシャクしてしまう)
(クミコ先生は遠慮しているし臆病おくびょうにもなっている)
だから気をつかってコウサク先生の方から、
「クミコ先生、結婚してください」と申し込んでくれたに違いない。

「つーか、意味不明」
そう言ったあと「仕方ないなぁ。そこまで言うのなら」
えらそうにOKしようと思ったが、ここはちゃんと本心を言おうと決心。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」と応じた。

~ 第11話 もうひとつの馴れ初め(語り:コウサク)に、つづく ~
第11話は、近日公開(数日後、連載再開予定)


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