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小説|赤いバトン[改訂版]|第19話 I Know Now(語り:ココミ)

わたしが所属している編成部は、局内で[加藤]と呼ばれている。加藤ばかりが五人もいて、編成部の半数以上をめているからである。そして年齢順に、長男・次男・長女・次女・三男と呼ばれている。わたしは長女に該当がいとうする。
そんなことはさておき、弊局へいきょくあいしるラジオ放送は、来年の二〇二〇年(令和二年)四月一日に開局六〇周年を迎える。今年からさまざまな特別番組やイベントなどが準備されており、その一つとして[開局六〇周年記念ラジオドラマ]の制作が決まった。そしてわたしは、自ら手をげて、この特別番組の担当プロデューサーを志願した。
なぜなら、わたしには、かねてから温めていたネタがあった。いつかラジオドキュメンタリーとして紹介するつもりだったが、[開局六〇周年記念ラジオドラマ]の題材として扱う方が、いてくださるリスナーも多く、反響も大きいだろうと思ったからである。
そのネタというのは、一九八四年(昭和五十九年)、東海エリアの中高生に絶大な人気をほこっていた弊局へいきょくの深夜番組「 I Know Now(アイノウナウ)」あてに、小包こづつみで届いた赤いバトンと便箋びんせんのことである。
送り主は、愛知県在住の中三女子。
赤いバトンには、メッセージカードがついており、感謝の言葉がつづられていた。
同梱どうこん便箋びんせんには、赤いバトンを郵送するに至った経緯が書かれていた。
わたしはこのエピソードをコアにした草案そうあんを編成会議に提出した。

コンセプトは、愛を知る(仮)。
全二十話。タイトル未定。
赤いバトンと便箋びんせんのエピソードをコアにして、
具体的なストーリーは追ってり上げていく。

とりあえずOKはいただいたが、次回の編成会議までに具体的な企画書の提出を求められた。わたしは当時のことを知る局内のシニア世代の社員をはじめ、OBOGにも連絡を取って話をうかがった。
この段階で分かったことは、ラジオパーソナリティが番組内で発言したことをきっかけに、リスナーの中三女子が、通っている中学校でいじめ問題に取り組み、一定の成果を上げたらしいこと。そしてその報告と感謝のかたちとして、便箋びんせんと赤いバトンが届いたこと。
しかし、それらのことは便箋びんせんに書かれてあることと同じ。読めば分かる。

当時のラジオパーソナリティだったマイケルさんにも連絡を取った。
マイケルさんはアメリカ人と日本人のミックスで、パーソナリティ引退後の現在は、名古屋市内にあるアメリカンダイナーのオーナー。
直接お店にお邪魔してお話をうかがったが、マイケルさんも「便箋びんせんの内容以上のことは知らなくて、ごめんなさい」と。ただ、番組内で後日、赤いバトンが届いたことを紹介し、その便箋びんせんの内容も読み上げたおぼえがある、とおっしゃったので、ストーリーに少しだけ追加できるエピソードが増えた。
しかし全二十話もある。まったく足らない。どうしよう?
なのでわたしは、小包こづつみの袋に記載きさいされていた住所、つまり送り主の当時中三女子の住所を辿たどって、現地の市営住宅におもむいた。しかしその場所には、すでに市営住宅はなく、空き地になっていた。
インターネットで[氏名 学区の中学校名]で検索けんさくするも、引っ掛からない。
SNS上でも発見できない。結婚されていたら苗字みょうじも変わっているだろう。
困り果てたわたしは、ストーリーをふくらますためのヒントがないか、あらためて便箋びんせんを読み返した。


便箋びんせんの内容 ※原文ママ]

マイケル様
I Know Now の皆様

毎週いつも楽しく番組を聞いている中3女子です。
日本の新曲だけじゃなく、洋楽や隠れた名曲もかけて下さり、
受験生の私にとって、勉強の手を休めて、
ラジオに夢中になれる最高の90分間になっています。

以前の放送で、マイケルさんが子供だった頃、
ハーフであることを理由にいじめられていたつらい経験をお話しになり、
周囲から、なぜ戦わないの? といわれることもあったとおっしゃいました。
しかし、マイケルさんは、いじめる相手に歯向かえなかっただけで、
いつも自分と戦っていたし、耐えることも戦いだった。
そうおっしゃって、なぜ戦わないの? という人達に向けて、
見て見ぬふりをせず、いっしょに戦ってあげて欲しい。
ひとりで耐えて戦っている子を見たら、いっしょに戦ってあげて欲しい。
いじめられている子は、勝ち負けじゃなく、
いっしょに戦ってくれることで救われるんだとおっしゃいました。
そのあとにかかった曲は、アルバムの中の曲で、
シングルになっていない曲で、ファイトだったと思います。
(ごめんなさい。歌手の方の名前が分かりません。)
私はその曲で泣いてしまいました。
とてもいい曲なので、ぜひまたかけて下さい。

実は私のクラスにもいじめがありました。
過去形なのは、いじめがなくなったからです。
私のクラスだけでなく、私の学年にいじめがなくなったのです。
今だけかも知れませんが、今はいじめがなくなっています。

私も見て見ぬふりをしていました。いい分けですが恐かったんです。
しかし、放送後、中2の時のクラスメイトと話をしました。
その子も放送を聞いていて、同じように泣いてしまったといいました。
その子は、今つきあっている彼氏です。
中2の時のクラスは、いじめがまったくありませんでした。
どうしてなかったんだろうと2人で考えました。
クラスメイトだった他の子達にも聞きました。たくさん聞きました。
いじめがひどくなる前に誰かが止めていたということでした。
確かにそうだったなと思いました。
他の子達のクラスにもいじめがあるそうで、
それなら、今はみんなバラバラのクラスだけど、俺たち、私たちで、
見て見ぬふりをせずに止めようって、
エスカレートする前に全力で止めようってなったんです。
私たちの合言葉は「みんながみんなの味方」です。

今はひとまずですが、学年全体でいじめがなくなっています。
そのきっかけを下さったのが、マイケルさんと、I Know Now の皆様です。
感謝の気持ちといってはなんですが、
この手紙と一緒に、私が今持っているバトンを送ります。
これからもマイケルさんの楽しいお話と、
ステキな曲をたくさんかけて下さい。

マイケル様 I Know Now の皆様
本当に、本当に、ありがとうございました。

PS
彼氏のあだ名が、エロ本です。本当にいやです。
どうすればいいですか?


~ 最終話 終わりが始まり(語り:ユカリ)に、つづく ~


リスナーの中三女子が泣いてしまった曲は、
中島みゆきさんのアルバム『予感』(1983年3月発売)に
収録されている曲「ファイト!」。
90年代に両A面シングルとしてリリースもされた曲です。



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