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小説|赤いバトン[改訂版]|第18話 あいしるラジオ(語り:ユカリ)

わたしは、自身初のラジオドラマ脚本の打合せで、あいしるラジオ放送さまにうかがった。
エントランスホールで、今回のご担当者さまと名刺を交換した。
いただいた名刺を見て「心が美しいって書くんですね」と言うと、
「はい。ココミと読みます」と笑顔。
「素敵なお名前ですね。あ、全然お世辞せじじゃありませんから」とわたし。
「ありがとうございます」とさらに笑顔。
「ウチの編成部、加藤ばかり五人もいて」と今度は困り顔。
「……よろしければ、下の名前で呼んでいただけませんか」と今度はさぐり顔。
「でしたら、わたしのことも、ユカリでお願いします」とわたし。
すると加藤さん、じゃなくて、ココミさんはまた笑顔になって、
「はい。そうします、ユカリさん」と早速呼んでくださった。
ココミさんとは(いい仕事ができそうだ)と直感した。

「まずは社長室に行きますから、いっしょに行きましょう」
「えっ、社長室ですか?」と戸惑とまどうわたしに「はい」と笑顔のココミさん。
あいしるラジオ放送さまには、広告の仕事で何度も訪問していたが、社長室に案内されたのは、今回が初めてだった。

エレベーターに乗っている間、(……マジかあ)と緊張も上昇のわたし。
五階で降りて、めざす社長室に向かう廊下を歩きながら、
ビビるわたしが我慢しきれず「社長もご同席なのですか?」とささやくと、
「いえいえ違います。安心してください。社長は不在です」とココミさん。
「見ていただきものが社長室にあるだけです」とおっしゃった。

ココミさんが社長室のかぎを開けて先に入室。
「どうぞ」とココミさん。
「失礼します」とわたしも入室。
すると、ココミさんが手のひらで「アレです」と指し示した。
サイドボードの上に「アレです」があった。
アレとは、アクリルケース。
アクリルケースの中には、
初対面する正真正銘しょうしんしょうめいの[赤いバトン]が入っていた。
その[赤いバトン]には、
麻紐あさひもでつながった葉書サイズほどのカードがついていて、
なにやら細かい文字が書かれてある。

ココミさんとわたしは[赤いバトン]の前に移動した。
わたしは最近知り得たこの[赤いバトン]にまつわるあれこれを、話したくて、話したくて、ウズウズしながらも、ひとまずココミさんの説明をうかがった。

昭和五十九年、東海エリアで人気のあった深夜のラジオ番組あてに、リスナーから、この[赤いバトン]が送られてきたとのこと。
「詳しい話については、あとでゆっくりお話ししますので」とココミさん。
「まずはこのカード、目を通していただけますか?」
そう言われて「はい」とわたしは腰をかがめた。
わたしは読みながら、
「……スゴい。……バトンリレーになってる」とつぶやいた。
「はい。これは」とココミさん。
「リスナーからいただいた大事なバトンなんです」とおっしゃった。

[このバトンを受け取ったあなたへ]
わたしは、あなたから無償むしょうの愛をいただきました。
本当に、本当に、ありがとうございました。
あなたへの感謝のこの言葉。ぜひ、リレーしてください。
あなたがもし、誰かから無償むしょうの愛をいただいた時には、
その方に、このバトンを、このカードといっしょに渡してください。
渡せない時や、渡しづらい時は、
感謝の言葉「ありがとう」だけでも大丈夫。
「ありがとう」だけは、
必ずリレーしていきましょう。

読み終えたわたしは、
「ちなみにこれは、何番のバトンですか?」とたずねた。
するとココミさんは驚いた表情に変わり、
「カードのウラに、9と書いてあります」と今度は怪訝けげんな表情。
わたしはアクリルケースを側面からのぞき込み、数字を確認した。
「ほんとですね。九番と書いてありますね」
「このバトンのこと、ご存知ぞんじなんですか?」とココミさん。
わたしは「あとでお話ししますが、少しだけぞんじ上げています」と答えた。

社長室を退室したココミさんとわたしは、廊下を引き返し、エレベーターで一階まで降り、エントランスホールまで戻ってきた。そして、エントランスホール内の、いつも使用している打合せテーブルに座った。
座るやいなや、ココミさん。
「バトンに数字がついていること、どうして知ってらしたんですか?」
先ほどと同じ怪訝けげんな表情で質問をされた。
わたしは、誰の何から話そうか、どこまで詳しく話そうか、まだしっかり整理ができていなかったので、
「ラジオ番組のことは詳しくぞんじ上げていないので……」
いったん身をかわして、
「ココミさんの方からまず詳しくお話しいただけませんか?」と切り返した。
コンマ何秒かの沈黙ちんもくのあと、
ココミさんは渋々しぶしぶ「……はい。分かりました」と言ってくださった。

昭和五十九年、東海エリアで人気のあった深夜のラジオ番組あてに、リスナーの中三女子から、先ほどの[赤いバトン]が送られてきたとのこと。
当時のラジオパーソナリティが番組内で発言したことに対して、便箋びんせんといっしょに小包こづつみで届いたそうである。

~ 第19話 I Know Now(語り:ココミ)に、つづく ~


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