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小説|赤いバトン[改訂版]|第17話 メッセージ(語り:ケイコ)

今日は、令和初の母の日。
日曜日なのに早起きした一人息子のコウスケ。
朝食後「ちょっと出かけてくる」と言って外出。
約三十分後「ただいま」と帰宅。
一階リビングの掃除をしていると、廊下を歩いてくる音がしたので、
「おかえりー」と聞こえるように言った。
コウスケはそのまま二階には上がっていかず、リビングに入ってきた。
もう一度「おかえり」と言ったわたしに、左手で「母の日、コレ、花」とコウスケ。
わたしは「なにー、コウスケ。お花なんてビックリだがー」と言うと、
「もう高一だし。令和だし」と。
「ありがとう。めっちゃ嬉しいわ ……あれ? 手紙はあらへんの?」
右手に持っている手紙らしきものを催促さいそくすると、
「はい、コレ」と小さなメッセージカードを渡してくれた。
思春期のコウスケは照れくさいのか、二階の自室じしつに逃げていった。

メッセージカードには、
[母ケイコへ。いつもありがとう。コウスケ]と書いてあった。

二階の掃除をしていた夫がリビングに降りてきた。
「おっ! カーネーションじゃん。良かったなー、ケイコ」と言って、
ニヤニヤしながらバスケットをじろじろ。
「手紙は?」と夫。
「もらった。コレ」と言って手渡すと、
夫は「母ケイコへ。いつもありがとう。コウスケ」と音読。
そしてわたしの顔を見て、
「今日の夜は、三人で外食に行こう」と提案してくれた。

ほんと無愛想ぶあいそうなコウスケ。でも、毎年かかさず書いてくれる手紙。小一の時から数えて今年で十回目。令和初の母の日は、赤いカーネーションのバスケット付き豪華版ごうかばん。マジで、マジで、めっちゃ嬉しかったし、我が息子の成長にも感心した。

ちなみに、記念すべき第一回目、小一のコウスケからは、

おかあさんへ
いつもおいしいごはん
きれいにせんたく
ありがとう
こうすけ

赤い折り紙のウラに、つたない字で書かれた感謝の手紙だった。
それをくるくると筒状つつじょうに丸めて、
「はい。ありがとうのあかいバトン」と言って渡してくれた。
この洒落しゃれたプレゼントには、嬉しいを超えて、とても驚いた。わたしが中二の時、二学期の終業日、当時サンキュー先生だったクミコ先生から渡された[十七番の赤いバトン]を思い起こさせるプレゼントだったからである。

中二の二学期終業日、その日は、クミコ先生の中学校勤務最終日だった。男子には青いバトン、女子には赤いバトン、通知表といっしょに渡された。バトンには、麻紐あさひもでつながっている葉書サイズのカードがついていた。
オモテには、わたしの出席番号十七。
ウラは、二年D組クラス全員同じ文面。
クミコ先生からのメッセージだった。

[このバトンを受け取ったあなたへ]
わたしは、あなたから無償むしょうの愛をいただきました。
本当に、本当に、ありがとうございました。
あなたへの感謝のこの言葉。ぜひ、リレーしてください。
あなたがもし、誰かから無償むしょうの愛をいただいた時には、
その方に、このバトンを、このカードといっしょに渡してください。
渡せない時や、渡しづらい時は、
感謝の言葉「ありがとう」だけでも大丈夫。
「ありがとう」だけは、
必ずリレーしていきましょう。

クラス全員を前にして、クミコ先生は最後の挨拶あいさつをした。
「わたしの気持ちはバトンに書いてあります」とクミコ先生。
「つーか、あんたたち、いつでもウチに遊びにこやあ」
「電話もかけてこやあ。そゆこと。以上です」
なんともあっさりしていた。
クミコ先生は泣かなかった。わたしたち生徒も誰一人泣かなかった。当時は、それも当然かも、と思っていた。男子も女子も、普通にクミコ先生のお宅に出入りしていたので、会いたい時はいつでも会いに行ける。クミコ先生との関係は、三学期以降もずっと変わらないことをみんな知っていた。わたしなんかは、冬休みに、クミコ先生+クラスメイトの計五人で、カドヤマ映画[さとみ発見伝]をに行く約束もしていたし。
しかし年が明けて、三学期に入って、他のクラスの生徒から聞いた。その日、わたしたちクラス全員を見送ったあと、一人になった教室で、クミコ先生はワンワン泣いていたらしい。
今思えば、わたしたちの前で涙を見せたくなかったに違いない。クラス全員で校長室に乗り込んだあの日の授業で、クミコ先生は「あなたたちの前では決して泣きません」と宣言していた。だから、湿っぽい挨拶あいさつはせず、自分の感情をごまかすために、わたしたちにサラリと別れを告げたのだろう。今ではそんなふうに思っている。

という訳で、コウスケからの歴代の手紙も、クミコ先生からの[十七番の赤いバトン]も、夫婦の寝室のキャビネットの中、大事に、大事に、仕舞しまってある。

~ 第18話 あいしるラジオ(語り:ユカリ)に、つづく ~


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