【読書】同志少女よ、敵を撃て/逢坂冬馬【レビュー】
本書は、ドイツ軍・ソ連軍合わせておよそ3,000万人という戦争史上最大の死者を出した「独ソ戦」を舞台に、セラフィマという一人の女性狙撃兵の視点で描かれた戦争史である。
セラフィマとその周りを取り巻く多くの登場人物は架空の人物であり、撃つか撃たれるか、殺すか殺されるかなどといった戦争におけるミクロな戦闘描写は、主にこれら架空の人物同士によって描かれる。
一方でヒトラーやスターリン、リュドミュラ・パヴリチェンコ(確認戦果309名を射殺したソ連最高の女性スナイパー)など、実在した人物も登場する。
またドイツの急襲による戦争の開幕から、苛烈を極めたスターリングラード攻防戦、クルスカの戦い、ケーニヒスベルグの戦いなど独ソ戦におけるマクロな流れは史実に則っており、フィクションとノンフィクションを巧みに交えて描かれた長編小説だ。
この作品の魅力を一言でいうと
「一兵士の視点で戦争のリアルを知れること」だと思う。
ソ連の平和な村で育った主人公・セラフィマは、突如村を襲ったドイツ軍によって唯一の家族である母や村の人々などすべてを失う。
そこに救援に来た赤軍(ソ連の陸軍)の女性教官長イリーナに拾われ、狙撃兵として育てられるところから物語は始まる。
読者はこのセラフィマの視点で数々の戦場を共に巡ることになるが、常に死と隣り合わせである戦場の緊迫感や、戦車の砲弾や戦闘機による一斉掃射、手榴弾などによっていともたやすく命が奪われていく無慈悲さなど、戦争の血生臭さをその場にいるかのように感じさせられる。
兵士一人ひとりの巧みな心情描写は、極限状態に立たされた人間の緊張や焦燥をひしひしと感じさせるし、舞台となる戦場の細かな情景描写は読者の頭の中にリアルな戦場を浮かび上がらせる。
それほどまでに的確で生々しい文体、表現で描かれており、もちろん"一文学作品”としての味付けはあるだろうが、教科書的な知識しかなかった「戦争の恐ろしさや理不尽さ」というものを、より深堀りして色付けしてくれるような作品だ。
反面、女性狙撃兵たちのシスターフッド(女性同士の絆)や、戦場で急きょ共同戦線を張ることになる男兵士たちと、ぎこちなくとも打ち解けていく様子など、緊迫した状況の中にもほろっとさせられる場面もあり、長編にも関わらず絶妙な緩急で最後まで飽きずに読ませてくれた。
(”緩”と”急”の割合的には1:9ぐらいだが…笑)
学生時代は社会科科目は並べて大嫌いだった自分だが、本小説を読み進める上で独ソ戦中の戦闘の名称(スターリングラード攻防戦、クルスクの戦いなど)や、わからない兵器の名前などをひたすらググって調べたおかげで、独ソ戦や第二次世界大戦に興味を持てたし少し詳しくなれたのは良かったなと思う。
世界史好きならぜひ読んでほしいし、逆に自分のような歴史を避けてきた人間でも没頭して読める小説だと思う。
アガサ・クリスティー賞史上初の、選考委員全員が5点満点をつけたという本作品。
気になった方はぜひどうぞ。