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コインランドリーは異空間

近所のコインランドリーにベッドシーツを洗いに行った。あまり広くない、別に最近流行りのおしゃれで綺麗なところでもない。

本当になんの変哲もない、昔ながらのコインランドリー。

洗濯物を突っ込み、コインを入れて稼働時間をみる。30分。一度家に帰るのも面倒なので、その場で待つ。平日なので私以外にお客さんもいない。椅子にちまっと座り、本を読んだり、ぼーっと洗濯物がまわる様子を見ている。

その時間は短いような、永遠の時のような、普段と異なる時の流れをしている気がする。不思議と、家で洗濯を回している時には得られないこの特別な感覚。

この空間そのものも、コインランドリーならではの穏やかなひとときも私はなんだか好きだ。

ただ、コインランドリーの魅力に気がついたのは本当にここ最近の話。

海外の旅でも洗濯はよくしていた。少ない荷物で長旅をするには、旅の途中の洗濯は欠かせない。ただ、大抵は洗濯機のついているゲストハウスやアパートを選ぶため、いわゆる街中のローカルなコインランドリーに行ったのは確か2・3度だけじゃないだろうか。

今までコインランドリーに特段興味がなく、仕方なく使ったのみだったので記憶もあまりはっきりしない。


一つだけ覚えているのは、フィレンツェでコインランドリーに行った時のこと。日中歩き回り、結構遅い時間になってから、洗濯をしなければいけないことを思い出した。一緒に旅行をしていた友達と近くにあったコインランドリーに向かう。

見るからに古くて小さなところだった。薄暗く、なんだか不安を感じてしまう。窓から覗き込むと、錆びた椅子に帽子を深く被ったガタイのいいお兄さんが座って寝ているようだった。

こ、怖すぎる…。当時学生だった私は、コインランドリーを使っている人になんだか怪しげなイメージを持っていたし、外国のガタイのいい男の人なんて怖いの極みだった。

他のランドリーがないか探してみたが、どうやらここしかなさそうだった。さっと回して、終わるまで何処かで避難していよう。目立たないよう気配を消してそっと入る。

しかし機械が古すぎるうえに説明書きがイタリア語しかなく、どうやったら洗濯機が動くのか、全くわからない。あーでもないこーでもない、友人とウンウン悩んでコソコソと話していたら、お兄さんに気づかれたようだ。

やばい、うるさくしてごめんなさい、絡まないで…と体を小さくし動きを止めてしまった私の横に来たお兄さん。無言で洗濯機のボタンを押し、ここにコインを入れろと指さした。怯えた私は、小声でサンキュー…と言いコインを入れると、洗濯機は大きな音を出して動き出した。

ようやく動いた洗濯機を横目に、きちんとお兄さんにお礼を改めて伝えたところ、ガタイのいいお兄さんは肩をすくめて、大したことない、とでも言いたげな顔でぎこちなくニコッとして椅子に戻り、何事もなかったかのように本を読み出した。

私たちは、同じ空間でじっとしているのが気まずかったので、一旦ホテルに戻り終わる頃にまた来てみたらお兄さんはすでに帰っていた。

洗濯物を回収しながら、先程のお兄さんの姿を思い出していた。

洗濯を待っている間にうたた寝をしたり、本を読むのか。なんだかその光景は不思議で大人の時間の過ごし方のように思えた。

家で洗濯をすれば、いつもその間に他の家事や用事を済ませてしまうので、ゆっくり待とうという発想すらなかった。

とはいえその後私はすっかりそんなことも忘れて、コインランドリーを使う機会もなく、5年ほどが経った。

実家を出て今の家に引っ越し、梅雨時の洗濯物の乾かなさ、部屋干しの辛さを実感した時、ふと近くのコインランドリーを使ってみよう、という気になった。週末の日中は意外と混み合っていてなかなか使えなさそうだったので、有給だった平日の日中にいくと誰もいない。ラッキー!

コインを入れてスイッチを押す。ゴォンゴォンという音と共に大きく円を描く洗濯物を見た瞬間、なぜかフィレンツェのお兄さんを思い出した。あのお兄さんのコインランドリーでの過ごし方をやってみたくなり、洗濯機横のベンチに座ってぼーっとしてみた。あいにく本は持ち合わせていなかったので、うたた寝しか真似できないが。

その時間はとても豊かで贅沢なひとときだと感じた。その空間は現実とは切り離された私だけの空間のようだった。

洗濯機の音なんて、家にいたときはうるさくて大嫌いだったのに、なぜか心地よく体に響いてきた。

それ以来、私はコンランドリーがなんだか好きだ。

洗濯の音とちょっと古くて大きな機械たちに囲まれている間は不思議と本を読むのに集中できる。乾燥機が発する熱を背中に感じるのも心地よい。とはいえ、基本は家で洗濯ができるし、頻繁に行くところでもない。

時々、本を一冊持って少しワクワクしながら向かう場所、そんな感じ。
コインランドリーの楽しみ方を覚えたので、今後は旅先でももっと積極的にコインランドリーを使ってみたい。

※写真は下田旅行中に通りかかったランドリーであり、近所ではありません。

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