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臨床心理学の基本理論

臨床心理学の研究と実践において前提となっている7つの理論・モデルを解説します。主に、公認心理師試験ブループリントで「4. 心理学・臨床心理学の全体像 (1)心理学・臨床心理学の成り立ち」と記載されていることについてです。

1. ナラティヴ・アプローチ

臨床心理学実践を、"クライエントが自分についての物語を紡ぎ、経験に意味を見出し、自分のことについて理解・納得しようとする場"として捉える考え方をナラティヴ・アプローチといいます。

ナラティヴ・アプローチの中で、その物語性を中核とした実践がナラティヴ・セラピーです。ここでは、クライエントをクライエントたらしめている所以が、クライエント個人のみならず社会や文化にもあると考えます。ここでいう社会や文化には、心理士が従来依拠してきた理論も含まれるので、心理士には無知の姿勢という自身の専門性も客観視する態度が求められます。心理士の役割は、クライエントが自身の生き方や問題について新たなストーリーを構築できるように、自由に会話が交わせる場を作ることです。

ナラティヴ・アプローチは、学派の違いを超えて心理臨床の全体を統合的に再構築する可能性を持ちます。個人が自身について語り、聞き手がそれに応じ、新たな物語が生まれる、この機序は支援を求めてやってくるクライエントが生きやすくなるための大切な手続きなのでしょう。


2. 社会構成主義

社会構成主義は質的研究の理論的背景となっています。この主義では、社会における客観的な現実は、人間個人の主観から独立して存在するのではなく、会話などを通して現実と個人が相互に影響を与え合う循環的な関係にあるとみなします。

この主義に基づくと、心理臨床とは、心理士とクライエントの間で多様な意味をやりとりする相互交渉過程となります。クライエントの語りにこめられた意味を心理士が緻密に問い、その意味を解釈し、時には語りを改訂する共同作業を行なうという点では、先ほどのナラティヴ・セラピーに通じるものがあります。


3. エンパワーメント

自分自身の人生について無力感を抱いている人が、自分に備わっている力の存在に気付き、それを引き出していくプロセスとその結果がエンパワーメントです。

以前から、心理士とクライエントの関係において、心理士が一方的にサービスを提供するという構造が、クライエントの自己決定力や問題解決能力を奪って、結果的にクライエントを無力で無能な人として固定化させることにつながっているのではないかという指摘がされてきました。エンパワーメントは、そういった上下関係を構築するのではなく、あくまでもクライエント自身が人生の主体性を持って生きていくのを心理士が援助していこうという構図を作るための手掛かりとなる考え方です。


4. エビデンスベイスト・アプローチ

エビデンスベイスト・アプローチは、科学的なエビデンスに基づいて心理援助を行なおうとする比較的新しいパラダイムです。
代表的なエビデンスには、介入法の効果に関するもの、アセスメントに関するもの、面接技術に関するものなどがあります。

歴史的に見ると、1952年に行動療法を提唱したEysenckが「心理療法は逆効果である」と主張したことをきっかけに、まず介入法の効果にエビデンスがあるのかについて議論が始まりました。1977年にSmithが多数の効果研究をメタ分析して、心理療法の効果量が平均して0.68という有意なサイズであることを発表し、心理療法には確かに効果があるというエビデンスが立証されました。それ以後も、様々な心理療法に本当に効果があるかどうかは何度も検証されてきました。現在ではエビデンスのある心理療法を提供することが重要視されています。


5. 科学者-実践者モデル

心理士の専門性は、"心理学研究者としての科学性"と"臨床心理士としての実践性"を合わせたものです。この考え方を科学者-実践者モデルといいます。1949年にアメリカで確立されました。

心理士の科学者としての側面は、事実を客観的に観察し、仮説を立ててそれを検証し、得られた証拠をもとに合理的に考えを進めていく思考や手続きが含まれます。例えばアセスメントに際しては測度の信頼性と妥当性は重要ですし、心理的介入においては心理療法のエビデンスが重要です。

実践者としての側面は、文字通り実践活動に携わるにあたって必要なスキルを身につけておくことです。実践活動は、心理療法場面での対人関係構築から他職種協働での交渉まで多岐にわたります。これらのスキルは、ただ机に向かって研究して身につけるよりも、実践経験によって習得されるものでしょう。


6. 生物-心理-社会モデル

生物-心理-社会モデルとは、個人の発達や身体的・精神的健康に影響するさまざまな要因を、生物、心理、社会という3つの側面でまとめる枠組みのことです。

各側面を構成する要素ですが、次のようになっています。
生物的要因には、細胞や遺伝、神経といったものがあります。医師、看護師、薬剤師、理学療法士といったスタッフが中心的役割を担っています。
心理的要因には、行動やストレス、感情といったものがあります。主に心理士がカウンセリングや心理教育を行ない、ストレスとの折り合いの付け方や感情のコントロールなどをサポートします。
社会的要因には、経済状況、文化、就労などさまざまなものがあります。社会福祉士や精神保健福祉士といったスタッフが、社会復帰支援、入退院等の手続き、公的機関へ繋げるなどの支援を行ないます。

このモデルで重要なのは、3つの側面の専門家が協働して、統合的な観点から援助を実践することです。統合的な観点は、援助者である専門家同士が良好な関係を築くことや、援助の対象者を取り巻く問題について理解を進めることにつながります。


7. 協働

先ほど述べた通り、心理士は他職種と協働して支援・教育を行なうことが求められています。

協働には大きく分けて3つのメリットが考えられます。
1つ目は、専門家同士のチームワークによって援助の相乗効果が生まれ、クライエントに多様なサービスが提供されることです。
2つ目は、援助者側の利益です。チームで支えあうことによって、バーンアウトの防止や専門性の向上につながります。
3つ目は、異なる専門性を持つ人が議論することで、新たな支援サービスやシステムの開発を推進する強い力が生まれることです。


以上、7つの理論・モデルでした。心理士が適切な支援ができるよう、そして試験で問われても困らないよう、頭に入れておきたい基本理論です。

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