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桃宝元年:12






「最近、多すぎやしないか。」



刀を鞘に静かにおさめた後で
ため息をつきながら、恵果が言う。


このところ、刀を使う機会が目に見えて増えた。
その違和感に恵果が気が付かないはずはない。


「――――こう数が増えちゃ、思うように仕事もはかどらないな。

お前も無理せず
もう型を使え。身体が持たなくなる前に。」


朱雀門を前にして
両足の膝頭を両手でおさえながら
前かがみになりながらも、かろうじて立ち
肩で息をしている僕を見かねて恵果が言う。


「・・いいよ、使いたくない。」



視界に入る地面に散ったわずかな桃の花びらが霞む。


今の僕のへばった姿は
自分の愚かさにとてもよく似合っている、と思った。

いや、もっと痛め付けても良い位だ。
僕にもこんなに自虐的な部分があったんだな、

幸い、沙耶の作ってくれた朱色の天衣のおかげで、直接身体に傷がつくことはない。


敵の数が増えた分、内側から体力が徐々に削られるだけだ。

型を一切使わず、身体の感覚だけを頼りに動く分
恵果よりも僕の方が体力の消耗が早い。


それでいいと思った。
僕の場合はもう、時間を引き伸ばしても、意味はない。


門の向こうに大極殿の屋根が見える。


工の言う通りだ。なぜ気がつかなかったのだろう。



全ては順調だった。


あの日の僕は再度、大極殿の中に存在する工の前に立ち問いかけた。


慎重に手順を踏みながら、
時代の柱から書き換え、やっとここまで来たんだ、

今度こそは、答えを得られる、得てみせる。
そう意気込み、彼女と対峙をした。


桃宝の柱である工の答えは至極全うでいて、考えられない程に美しいものだった。


スカッと晴れ渡り抜けるような青空から放たれた一本の矢のように単純明快なものだった。

そしてその矢は見事に僕の胸の奥を貫いた。


『成敗するものが存在するから
成敗されるもの、が生まれる。

その強固な相互関係を断ち
成敗するもの、の必要のない世界、を作ればいい。


元を断ちたい、というのなら
成敗するもの、の存在ごとを断てばよい』


つまり僕たちが居なくなったら

世界も完全な形、として更新される、と。


それはどの人間の思考よりも絶対的で

それでいて自然の理にかなったものだった。

一切の無駄のない工の回答は絶対的に美しい。



僕たち二人が存在する限り
それらは増え続けるし

それらの処理は自動的に僕たちに任される


工が言うには

それらは本来ならば
それぞれ自己で片付けるべきものであり、

その力は
本来誰もに備わっているものなのだそうだ。


僕たちの必要のない世界がある。

つまりそういうことだ。

僕たちが消えれば、その世界が始まる。


じゃあ、僕たちは―――――、



自分の衣の朱色と
門の朱色が重なったような気がした。

朱雀の炎を心に宿した人間は
こんな気持ちになるのだろうか。


前に踏み込んで、感情と力に任せ
目の前の影に向かって
思いきり刀を振り下ろす。


「阿呼!乱れ過ぎだ!
力の使い方を考えろ!

少し落ち着け!」


恵果の言葉に答える気にもならない。

祝詞を唱えるのも面倒だ。

何も考えずに、ただ身体の動くまま、相手の急所を抑え、貫く。


心の内側から、声がする。


『もっとだ、もっと、

やるのなら徹底的にやってしまえ!


切っ先の求める方向へ向け
臆せず全てを切り返せ!

これはお前にしか出来ないことなのだから。

手を止めるな、歯向かわせるな、切れ、
全てを地に沈めてしまえ、

これはお前にしか出来ないことなのだから!』


息が上がる。



どうして気がつかなかったのだろう
自分たちの存在する意味、


その全てを理解した後だというのに
いや、知ってしまったからこそ、


―――この期に及んで僕はまだ
こんな形で
自分自身の存在価値を確かめようとしている。


工と向き合った後、
敵の数が増え続けているのは
何よりも僕が、僕自身がそれを望んでいるせいだ。

恵果まで巻き込んで、

往生際が悪い。

笑えないな。


これが僕がずっと長いこと
焦がれ求め
誰よりも何よりも望み
祈り願い続けたその『答え』だった、
なんて。


笑えない。



刀を地面に突き刺す。


全ては順調。


僕は口元を緩め、自嘲的な気持ちで天を仰ぎみる。


太陽を覆い隠すように
分厚い暗い雲が四方から近づいているのがわかる。

そのまま視線を落とし
恵果の顔を見た。


恵果の言葉を無視し
一度に現れた20を越える数の敵を僕一人で片付けてしまった。

こんな事は初めてだ。

何も言わないが、
僕を見つめる見開かれた目の中にははっきりと心配の色が見てとれる。

不安な気持ちを抱えているのも分かった。


「今日は好きなように、やらせて。」


彼を少しでも安心させようと、いつもの調子を作ってみせたが、うまくやれた自信はない。


―――ごめん。これは全て僕の大きなエゴが引き金になって
ここへ呼び込んだ敵なんだ。

僕が今、徹底的に切り倒したくて、呼んでいる。

そうしたいから、しているんだ。

これが僕の本性だ。



恵果の真っ青な天衣は
今日も綺麗だと思った。

朱色はどんなに頑張っても、青にはならない。

主張することでしか、生きられない。

何かを静かに受け入れることなんて出来ない。



僕がこのままこの世界に存在する限り、

僕の胸の中にある
このエゴもきっと消えない、
ここから加速し肥大するばかりだろう。


自分の存在意義を見出だしたい、
もっと、もっと、もっと、

きっといつまでもそう思い続けてしまうだろう。

目の前に敵を呼び続けてしまう。いつまでも。

この身が滅びるまで。




僕の身が滅ぶのは自業自得、だ。
けれど恵果の身は守らなければならない。

沙耶が一人になってしまう。

僕ら二人共が居なくなったら
きっと沙耶は悲しむ。

沙耶を残していきたくなどない。

けれど恵果になら、僕の役割を託せる。


工から答えをもらった後に
すぐに沙耶のことを考えた。

そしてこう尋ねた。



「――――――片方だけなら?

僕達、二人共が、消える必要はないだろう?

僕たちの片方が消えれば
世界は成立するだろう?



せめて恵果だけは

ここにこのまま残してやってくれないか?

『僕たち』は二人じゃなきゃ、完全には機能しない。

僕が消えれば、済む話だろう。

僕は何処へでもゆくから。

それでいいだろう?頼むよ、」


彼女にそう申し出た。



「歩みを止める訳にはいかないんだ。
僕は何処へでもゆくから。お願いだ。」



その答はまだ、返ってきていない。



僕は門の向こうの大極殿を睨み付ける。

空のむこう側で鈍く重い雷の音が聞こえる。


門の柱の手前、石段のあたりで
いくつかの影がざわめく。


「ああ、またか、キリがないな。」


恵果が舌打ち混じりに言い放つ。


―――ごめん、恵果。


地に刺したままの刀の鞘をゆっくりと握り締める。


足元の砂をならし、気持ちを整え
目を閉じて
息を小さく吸い込み、短く吐く。



これで終わりにする。



「ひと、 ふた、 み、 よ、」



僕はありったけの気力をかき集め、
言霊のひとつひとつに魂を込めながら、祝詞を唱えはじめた。










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