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桃宝元年:8



その日の記憶だけは、今でも鮮明で、
ここに存在するもののようにさえ感じる。



彼が実際に赤い目をしていた訳じゃない。
けれど、どういう訳が
僕にはそう見えた。


どういう目だ、
心の底までを見透かされるようだ
全ての思考を止められてしまう位
強いまなざしをしている。


そのまなざしを色に例えるのなら、赤。
それ意外には例えようがなかった。
色がないのに、どうして色が見える、

僕に芸術的感覚など備わっていないはずなのに
その時の彼の目は特別なものに思えた。



制服のブレザーを勝手に作り替えたのか
妙なところにボタンがあるように見え

ボタン留めると左右の丈が非対称になるような
とても奇妙な着方をしている。

ザクザクと不揃いに切った髪。
前髪だけがやけに重たく、それが余計に彼の目の形、眼差しの強さを際立たせている。


奇抜な服装、
外見、外側に主張を張り巡らせるタイプは苦手だ。

まるで自分の中身の無さを
インパクトだけで覆ってごまかしているように見える。

本当は空っぽで他に何も持っていないのだ、ということを
必死で隠そうとしているようにさえ見える。
そんなふうに感じる僕は意地が悪いのだろうか。



嫌いなタイプだ。
人は人を初対面の5秒で判断するとはよくいったもんだ。


「はじめまして。」


警戒心を強めながら、
でもかろうじてこちらから、笑顔を作り正しい形であるところの『挨拶』をした。

沙耶はなんだってこんな奴と僕を引き合せたんだ。
気が合う訳がないだろう。



駅前の通りは騒がしく
観光地でもあるこの街は
人の往来がやまない。


向かいの飲食店の
壁に映し出された観光客向けの
アニメーション映画の色彩に目を止める。

刀を持ったキャラクターが、敵らしきものと戦っている。



「沙耶に聞いてる。
恵果、って呼んでいいかな。」


はじめまして、だろ。

こちらから挨拶をしてやったのに、まともに返すことも出来ないのか、


この手のタイプに常識を求めるのは無意味だと知ってはいても、

生真面目に『礼儀正しい挨拶をする自分』の『演技』を見抜かれたようでもあり
舌打ちをしたくなった。


ただ、頭とは別の場所、
心の方は全く別の反応をした。

彼の声はただの音として
胸にすとんと落ちてきた。


悪くない声だ。
通りがよく、
口調もはきはきとしている。



「え、ああ、良いよ。
えっと、」


「阿呼。」


「・・あこ。宜しく。」


「―――――よろしく。恵果。」


そう言って差し出された手。

形程度に返すつもりで軽く握手をした瞬間、
頭にばちん、と閃光のようなものが走った。



通りは相変わらず騒がしい。

向かいの店の
壁に映し出された観光客向けの
アニメーション映画の色彩、

刀を持ったキャラクターが、敵らしきものと戦っている。

何も変わりはないはずだ。

なのに、彼と握手をする前と後の景色が
僕には違って見えた。

違う?
いや、何も変わりはないはずだ。
それなのになぜ。何が、



「とりあえず、初対面記念に
みんなで何か甘いものでも食べようか?


朱雀門に行こう。
んで、写真、撮ろうよ。」


沙耶が言う。


「うん。行こう。」

阿呼は即答した。

「沙耶が言うなら。」

僕が続ける。


嫌いなタイプだ。
絶対に仲良くなどなれそうに、ない。

それなのにこの感覚は何だ。


さっきまで薄雲っていた空は
朱雀門に着く頃にはきれいに晴れ渡っていた。


「やっぱり朱雀門には青空が映える。」


僕がそう思ったのとほぼ同時に
隣で阿呼がぽつりと言語化をした。


心の内部に勝手に侵入され
言葉にされたかのような奇妙な感覚に
思わず彼の方を見ると
彼は視線をこちらに向け、軽く微笑んだ。

ばつが悪くなり、目を反らす。

この感覚は何だ。




「静かだね。

ま、恵果様には鉄壁のプライドがあるからねえ。」


阿呼が3人分のアイスクリームを
買いに行っている間、
沙耶が茶化すように言った。


「そんなんじゃないよ。」


「阿呼は大丈夫だよ。恵果の心配するような子じゃないから。」


何を言いたいのかは分かる。


「分かってるよ。」



3人で細長い石のベンチに腰掛けて
色の違う3つの球体が乗せられたカップのアイスを食べる。

固定の味があらかじめ決まっている沙耶と違って
甘いものの味にこだわりのない僕は
味の選択を阿呼に任せた。


「適当だけど。」

そう言って彼から渡されたカップには

レモンの黄、ミントの青、バニラの白い球が乗せられていた。


悪くない味だった。
さっぱりしている。

こういう軽く爽やかな甘さも存在するのか。

「甘い」、には「甘い」、しかないと思っていた。


味覚のバランスは悪くない奴なんだな、


彼も同じものを食べているのだろうかと思い手元を見ると

こてこてに甘そうな、赤だの紫だのオレンジだののマーブル模様の中に、
更にカラフルな粒の混ざったどぎつい色味の3つの球が乗っている。

沙耶以上の甘党だ。



低い山々から滑り落ちてくる風を気持ちよく感じるのは
10月上旬という最高に澄んだ季節のおかげだ。
僕はこの時期が一番好きだ。


ゆるゆるとアイスを食べている間、
深い話はしたくなかったので、写真を撮る役を買って出た。


小型のカメラレンズを向ける度

沙耶と阿呼は馬鹿みたいにふざけて
目を見開いたり、
プラスチックのスプーンをくわえ、
あさっての方向を向いたりと
よくわからないポーズをとる。

息が合うな、
いつもこんなことをしているのだろうか。

撮りながら、何度も吹き出してしまいそうだった。



「次、二人を撮らせてよ。寄って。」


食べ終わったアイスのカップを脇に置き、
僕からカメラを奪い、立ち上がった沙耶にレンズを向けられると

阿呼の方がこちらに頭を寄せて来た。


フラッシュライトを浴びた瞬間
さっき目の端で見ていたアニメーションのキャラクターが持つ刀の
切っ先に反射した光の描写を思い出した。


「恵果、ぼーっとしないで!ちゃんと笑って!」


口をとがらせた沙耶にそう言われ
慌ててレンズとその向こう側の彼女の視界に向けて
無理やりの笑顔を投げる。

この感覚は何だ。




3つのカップをまとめてゴミ箱に捨てる頃には
一仕事終えた後のような
言い様のない疲れを感じた。



「ついでに大極殿にも寄らない?いこう!」

「ちょ、沙耶、」


カメラを持ったまま
先陣をきるように走りだした沙耶を引きとめる暇はなかった。
何だってあんなに元気なんだ。

こちらはまだ全然打ち解けてなどいない、というのに。

帰ろう、と提案しそびれた。



ため息をついた後、
隣に居る阿呼の僕を見る視線に気が付いた。


「何?」


声に警戒心が滲み出てしまった。

まさか僕の沙耶への気持ちに気が付いた・・なんてことはないよな、
その表情は、なんなんだ。




一方で心は全く別の捉え方をする。

彼の背に広がる空に目が向く。

そこにあるのは紛れもなく、
僕の一番好きな、秋の空だ、


―――何て青空が似合う奴なんだろう、





「会えてよかった。」


初めて会ったばかりの
阿呼は僕にそう言った。























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