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KID M




ため息をつく。

3月君の書いたメモは取りとめがない。
これじゃ、何もわからない。


『昔の曲じゃなく
未来の曲でもなく
今の曲を聴きたい

ジャッジすることをやめられないでいる、


革命前夜/heven』

メモはここから下の部分が全て破り取られていた。

これじゃ、何も分からない。


やっと突き止めた3月、Marchが滞在したとされる部屋はすでにがらんどうで
机の上に彼のそれまでの筆跡と一致するメモの切れ端が1枚あるだけだった。


そのメモの意味は僕の知り得るキーワードの何とも結び付かない単語ばかりだった。

Marchは3年前から行方不明の12歳――つまり今は15歳になっているはずの少年だ。

また、何も見付けられなかった。


全てが振り出しに戻ったと思われた局面ごと、投げてしまわずにいられたのは、思わぬところから差した
ある光によるものだった。


『革命前夜』という曲が存在したことを知ったのは
かつて人気のあったフェブラリーという歌手のファンである記者と
ひょんなことから酒場で意気投合した夜のことだ。

『ああ、革命前夜は彼女のラストステージで皆で歌った曲だ。あれは素晴らしかったよ。』


気になってどんな曲なのかとたずねると、何も思い出せないのだという。


『歌詞?
―――覚えていないんだ。

何故だろうね、
あんなに素晴らしかったのに。誰も覚えていないんだ。

ただあの瞬間だけは、
天国に居るみたいだったよ、それだけは確かだ、』


天国。


これは理屈ではなくて、勘だ。

あのメモに書かれていたのは革命前夜の歌詞だと直感した。

そしてその曲はきっと、heven、という単語から始まる。


KID March、

12歳だった彼が、なぜ10年も前の歌い手の、よりにもよって革命前夜の歌詞を知っている?


記者はフェブラリーのコアを追っているのだと言っていた。
もしかしたら、Marchは彼女のコアと一緒に居るのではなかろうか。


これは理屈ではなくて、勘だ。

限りなく天国に近い場所、二人はそこに居る。


革命前夜の歌詞を歌うと、何かが起こる。
いや、起こった、
それぞれの記憶から抹消されなければならない程の何か、が。


――――そう考えるのは都合が良すぎるだろうか。



表に出ると昨日から続いている雨が通りを濡らしている。

街頭の下のぼやけた光が
つやつやとした石畳の並びを浮き上がらせる。

『ヘヴン』

声に出してつぶやいてみる。


KID March、
いっそそうであれば、彼は永遠に大人にならないでいられるだろう。


やっと捉えた光だ、そう簡単に諦めてしまうものか、

考えがまとまらないのはきっと酔いのせいだと言い聞かせながら傘をさし

天国にはまだ程遠い地面を歩き出す。








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