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野球ボールになってみたかった


野球ボールになってみたい

野球少年が一生懸命追いかける、
その先に自分がいるって
なんだかいい

魂を込めて投げられるのも、
ポスっといい音をさせて
ミットに飛び込むのもいい

青空をぐんぐん飛んで
フェンスを越えるのも絶対に気持ちがいい

自分の行く末をみんなが見守って、
わあっと球場が沸くのなんて、
考えるだけで楽しい

たまにはちょっと体を捻ってみたりするんだ


…なんて

○○になってみたい
からスタートして詩を書く、

という可笑しな課題を出され、
5分で完成させた作品だ
消しゴムは使わなかった

クラスメイト全員分の詩が印刷されて配られ、

特に褒められず、笑われることもなく、
目立つことなく済んだという点で、
我ながら良い作品だったと思う


だれも、
私の気持ちなんて知らない、
先生も、あいつも

私は本当に、野球ボールが羨ましかったのだ

毎日、
風邪で学校を休んだときでさえ、
必ず一緒にいられるその存在が

いつの日からか
こっちには見向きもしなくなって、
野球一筋

友達に誘われて
しかたなく試合の応援に行ったら、

今まで見たこともないくらい真剣な顔をして、
必死にボールを追いかけていた

ライナーを宙に飛び込んでキャッチして
ミットの中に収まったボールを一瞬見つめて、
誇らしげに掲げた

あと少しでホームランのあたりもあったけど
どこか惜しいところがあいつらしい

試合終わり、すぐに帰ろうとしたら、
土で汚れたキラキラな笑顔でお礼を言われた

しかたなく来ただけなのに


あのときから、私は野球ボールに嫉妬している


なんて考えていると、
誰もいないはずの教室に人影

あいつだ
もう部活、始まってる時間じゃん、なんで

こっちに向かって一直線で、つい身構える

そしたら、あいつは自分の机に引っ掛けてあった袋を引ったくるようにとった

あいつの机は斜め前で、

ドキッとしたけど、そりゃそうだ
なにを期待していたのか、自分にあきれる

すると、あいつがふと動きを止めて、
こちらに振り返った


「そういや、お前の詩さ、

あれ、すげーわかる、
オレ、いつも思ってるもん」



人間でよかったな





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