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フルーツサンドの天使、あるいは⑮

 岡崎さんは午後9時を過ぎた頃にやってきた。
「ごめんなさい、思ったより時間かかっちゃって」

 息を切らせてやってきた彼女だが、いつもの明るい声色で話すから、ほっとした。
「今日の取引先との仕事?」
「そうなんです。今日企画案の説明に行ったんですけど、結構ダメ出し多くて。今週中に修正して持っていかないといけないんです」
「そうなんだ。外部とのやり取り多くて大変だね」
「忙しいですが、企画の仕事やりたくてうちの会社入ったので、楽しいですよ」
そういって、鈴のように笑う。

そう、これだ。緊張して縮こまっていた身体に、勢い良く瑞々しい清水が流れ込んできたようだった。
「仕事楽しいってすごいな。俺は最近、仕事を早く終わらせることしか考えてない」
「知ってますよ。先輩、いつも時計ばっかり見てるでしょ」
「へー、岡崎さん俺のこと見てたんだ」
「あ、いや、給湯室に行くときにちょうど見えるので」
彼女は目をそらした。
「先輩こそ、私が今日外出してるの知ってたんですね」
これは逃げようがない。どう返したらいいか分からず沈黙になった。

「ごめんね」
結局出なかった結論の中からどうにか言葉をしぼりだした。
「やめてください。謝らないでください」
「でも、岡崎さんのこと傷つけたから」
「やめてください……お願い」
彼女は目をそらさず、体に力を入れた。止めた息を再開させようと息を吐き出すと、一緒に涙が溢れ落ちたようだった。

「謝るってことは、先輩にとって、あれは間違いだったってことですよね」
何もいえなかった。どんなに言い訳したって、僕のとった行動はそういうことだ。
「こんなの、あることですから。気にしないでください」
岡崎さんは涙をぬぐい、笑顔を浮かべた。

「先輩、婚約おめでとうございます」

※この画像はさんの様のイラストを使用させていただきました。素敵な作品をありがとうございます。

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