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幻実

心に言い聞かせる。
あの時から。
あの出来事があってから。
今となっては現実ではないって分かっているけど、その時は現実だった。
「幻実」と言った方がいいのかもしれないけど。
本当に本当にあったことなんだ。
そんなことあるわけないって思う。
だったらあれは何だったのか。
あの世界はなんなのか。
パラレルワールドにでも行ってしまったのか。
私の夢だったのか。
5年以上経った今でもあの出来事は私の頭の中で迷子になっている。
思い出せば簡単にあの世界に入り込んでしまう。

私達が生きているこの世界は不思議なことで溢れている。
世界はわからない。
世界は本当に無限で何でもありなんだと思った。
神様がいるのなら、あの歪んだ世界は神様のいたずらだと思う。
今でも私は、窓が黒い車を探してしまうし、スマホのカメラやスピーカーが気になってしまう。
タクシーやパトカーを見るとドキっとする。
防犯カメラに目がいってしまう。
私の癖となった。
癖はなかなか治らない。
あれは誰がやったのか、あれは本当に私の勘違いだったのか、わからない。
あのとても大事な事を思い出せる日は来るのか。
わからない。


その日は突然やってきた。
何も知らない私は、その日を待っていたかのように何故かソワソワ、ウキウキしていた。
いつもと変わらない毎日。
いつもの様に朝起きて、いつもの様に出かけて、いつものように家に帰って眠る。
そんな平穏な当たり前の毎日を過ごしていた。
でも、いつもよりちょっと楽しい毎日だったのを今でも覚えている。
その時の私は考え事ばかりしていた。
頭の中は考え事で溢れていた。
悩んでいるのとも違う。
ただ、いろいろな事を考えていた。
考えが次から次へと浮かんでくる。
自分って何なんだろう。
何で生きてるんだろう。
死んだらどうなるんだろう。
何で戦争があるんだろう。
神様っているのかな。
誰もが一度は考える疑問。
そんな疑問が私の頭の中をいっぱいにしていた。
ぐるぐるぐるぐる頭の中は忙しかった。
でも、すごく楽しかった。
答えのない問題を考えるのが好きだった。
誰に聞いても本当のことはわからない。
そんな事を考えるのが楽しかった。
徐々に考えが大きくなっていって、何で世の中は平和にならないんだろうっていう議論に発展していった。
世界中の誰もが平和を望んでるはずなのに、平和な世の中が良いって思ってるはずなのに、何で一向に平和な世界は実現しないんだろう。
すごく不思議で、私の頭の中は?マークで溢れていた。
私は毎日そのことばかり考えていた。
何日経っていたのかわからない。
そして考えに考えて、一瞬だったけど、私は悟りを開いたかの様に、頭の中がスーっとして、超難題を解いた後みたいな感覚になっていた。
脳を100%使った様な感覚になっていた。
その時、世の中の全てがわかってしまったと思った。
もうこの時点で私の世界は歪み始めていた。
私はどこかわからない世界に入っていってしまったのだ。
異世界だ。
現実世界にいるはずなのに、私一人だけ別世界へ引き込まれていった。
外から見ると私はちゃんと現実世界にいて、生きている。
でも、私から見た世界は何もかも変わってしまっていた。
世界が2つに割れた瞬間だった。
私の冒険が始まった。

私は考えに考えてあることにたどり着いた。
それは、世界を平和にする方法。
人々を救う方法。
戦争がなくなって
テロがなくなって
犯罪がなくなって
いじめがなくなって
好きなことやりたいことが自由にできて
子供達の夢と希望で溢れている
みんなが幸せな世の中
そんな世の中がつくれる
そう思った。
絶対的な確信があった。

いち早く誰かに言わなきゃ伝えなきゃと思った。
今もどこかで苦しんでいる人がいて、助けを求めている人がいるから。
その時たまたま連絡を取ってた、私がすごく慕っている先輩にその事を知らせた。
すごく親身になって話を聴いてくれた。
何時間も話を聴いてくれた。
全部は話せなかったけど大まかな事を話した。
先輩はとても動揺していた。
私は、これは慎重に進めなければいけないと察した。
ちょっとでも間違えたら大変な事になってしまうと何か予感していた。
失敗は許されない。
私は作戦を考えていた。
まず、誰が読んでも分かりやすい様に、考えを文章にまとめようと思った。
私は完全に割れた世界の真ん中で行ったり来たりしていた。
すごく胸がざわざわして落ち着かなかった。
もう何でもできる気がして、やる気に満ち溢れていた。
パソコンに向かい、ワープロを開き文章を書いていた。
無我夢中で書いた。
ご飯や寝ることを忘れるくらい、朝なのか昼なのか夜なのかわからないくなるくらい、何日も夢中で書き続けた。
いつものように書いてる日、事件は起きた。
パソコンの画面の右側によくわからない言葉が出てきたのだ。
日本語でもなく、英語でもない。
見たことのない文字だった。
文字というより記号に近かった。
何か暗号の様なものだった。
頑張って頭をひねっても解読することは出来なかった。
でも不思議なことに、私が書き進めると、その文字も書き進める。
私が書いた文章の大事だと思っていた部分には勝手に線が引かれていた。
なぜか連動していた。
何でわかるの?と私は怖くなった。
何者かがパソコンにいる様だった。
私は思った。
パソコンがハッキングされたと。
初めてのことだったから、私は凄く慌てた。
ハッキングされた事実より、私が書いた文章を誰かが読んでいることが怖かった。
もし、中途半端な段階で、この文章が世に出てしまうと大変なことになる。
それが怖かった。
しばらく慌ててしまったが、冷静になって考えた。
ハッキングの犯人がわかった。
それは、さっき話をした先輩だった。
パソコンにすごく詳しかったし、私に協力してくれると言ってくれていたからだ。
とてものんきで容易い考えだと思う。
でもその時はそう信じていた。
長い文章になると言ってあったから、私のパソコンを覗けば私が書いている間にも文章が読めると思ったのだろうと解釈した。
それにしても、簡単にハッキングできちゃうなんて凄いと感激してしまった。
あと、不思議な文字も、パソコンの言葉で編集してくれているんだとわかった。
私はその先輩をすごく信用していたから、完全に協力してくれているんだと思い込んでいた。
疑うはずもなかった。
私はそのまま書き続けた。
それが私の未来を変えることになるとも知らずに…。

何日もかけてようやく文章が出来上がった。
それは、世界平和のシナリオと名付けた。
超極秘とした。
協力してくれた先輩にも、内緒で誰にも言ったらだめと約束した。
つもりだった…。
私は世界の重要なことをわかってしまったのだ。
とても重要なこと。
一瞬で世界をひっくり返してしまうほどのことだった。
文章が出来上がり、トイレに行き、ふと目を瞑った。
すると両目にグルグルとした何かが浮かんできたのだ。
びっくりして目を開けようとしたけど開くことができなかった。
そのまま瞑り続けていると、まぶたの裏にはっきりとした映像が流れたのだ。
目を瞑ってるはずなのに、不思議で仕方なかった。
私はふと、これは何かのメッセージなのかもしれないと思った。
映像の内容が私が望んでる世界だったからだ。
映ってる人みんなが笑顔だった。
この不思議な体験は初めてのことではなかった。
小さい頃から、何回も、時々目に見えない重い何かが押し寄せて、押しつぶされる感覚に苦しんだ事を思い出した。
とっても怖い経験だった。
でも、あれも見えない何かを宇宙か何かから受け取っていたのかなと思った。
きっと何かメッセージだったんだとわかった。
そして、トイレから戻りふと周りを見渡すと、世界が変わっていた。
部屋の窓から花火の音がした。
喜びの音に聞こえた。
世界平和のシナリオが完成したからだと思った。
テレビをつけた。
私の好きな音楽ばかりが流れている。
お母さんが夕ご飯を並べていた。
全部私が好きなおかずだった。
いろいろ都合が良すぎていた。
私は家にいる家族の様子に違和感を感じた。
テレビ番組も様子がおかしかった。
私は凄く怖くなった。
すぐに友達に連絡して、会って欲しいと頼み、外に出た。
やはり世界が変わっていた。
車はびゅんびゅん好き勝手に走っているし、町にいつも音楽なんて流れてないのに、大音量で流れていた。
お祭り騒ぎになっていた。
カメラが何台も町に設置されていて、私を監視していた。
歩いてる人は私をジロジロ見ていて、見るからに不自然な動きをしていた人達もいた。
道路の脇に止まっていた車が追いかけてきてカメラで私を撮っていた。
私は怖くなって、その場で立ちすくんでしまった。
心配して友達が駆けつけてくれた。
私は気付いてしまった。
パソコンだけじゃなくて、私のスマホもハッキングされていた。
しかも、カメラが勝手に作動されていて、私の顔や行動、話した内容までも録音されていた。
GPSも作動されてた。
私は凄く恐怖を感じた。
混乱した。
一瞬にして世界が変わってしまったと。
そして、私が極秘にしていたシナリオが世の中に出てしまったとも。
その時私はいつもより五感が敏感になっていたのをよく覚えている。
私が一番恐れていた事が、目の前で起きてしまったのだ。
シナリオが世に出るのはとても危険な事とわかっていたから。
一瞬で世界がひっくり返ってしまうと知っていたから。
だからあんなに約束したのに。
私は頭の中が真っ暗になった。
涙で前が見えなかった。
泣きながら家に帰った。
来てくれた友達も何が起きてるのかわからなかっただろう。

私はまだ諦めていなかった。
家に着き私はまず、スマホの全てのデータを消した。
何日もかけてパソコンで一生懸命書いた長い文章も全て。
大事にしていた友達の連絡先も一瞬で。
ハッキングされて全て見られていると気づいたから。
友達だけは守らないとと思った。
スマホのカメラとスピーカーにシールを貼り、見られない様に聞こえない様にした。
絶対に誰にも言ったらだめって約束したのにと、私は信頼してた先輩に裏切られたと思った。
私は全てがなくなったと泣き続けた。
絶望的だった。
そして、世界の重要なことをわかってしまった私は、完全に世界から監視されていた。
私はただの普通の人なのに。
すごく怖かった。
その日私は約束していた友達と会うことになっていた。
会うかとても悩んだけど、連絡先を全て消してしまった私は、慣れないFacebookだけログインして友達を探して連絡を取っていた。
つもりだった…。
Facebookは本当に慣れていない。
とりあえず待ち合わせ場所に行ってみることにした。
カーテンも全部閉めて部屋に閉じこもっていたけど勇気をだして外に出ることにした。
約束していたし。
外に出るとやはり世界はめちゃくちゃだった。
怪しい人がたくさんいた。
テレビカメラが何台もあって、私の行動を映していた。
私にバレない様に。
とっくの昔にバレているのに。
本当に怖くて怖くて透明人間になりたいと本気で思った。
頑張って待ち合わせの名古屋駅にたどり着いた。
金の時計で待ち合わせをしていた。
いつもより怖いくらい人で溢れかえっていた。
私は周りを見ないようにしたばかり見ていた。
ずっと友達とメッセージを続けていた。
わかりやすいように、どこらへんで待っていて、どんな服を着ているのか教えた。
けれど待っても待っても約束していた友達は来なかった。
すると、会ったこともない知らない人に話かけられた。
スーツを着てサングラスをして、いかにも怖そうな人だった。
私は反射的に逃げた。
どこかの世界の裏組織の人だと思ったから。
でもその人は追いかけてきた。
つかまったらどこかに連れて行かれると思った。
全力で逃げた。
それからはあまり記憶がないが、私はタクシーに乗った。
私はその時カバンもお金も持っていなかった。
なぜか名古屋駅に行く運賃しか家から持って行かなかった。
きっと私は、会う約束をしていた友達に助けてもらって、一緒に遠くのどこかに行きたかったんだろうと思う。
どこかに連れて行って欲しかった。
タクシーの運転手さんが何度も、「どこに行きますか?大丈夫ですか?」と聞いてくれていた。
私は何も言わず、「どこにでも」とひと言だけ言って。
どうせ監視されているしと思っていた。
運転手さんはこれはおかしいと思ったのか、警察官がいる交番に私を届けてくれた。
私のあの状態では何をするかわからなかった。
今となっては、交番に届けてくれた運転手さんに救われたと思った。
それから私は警察官にいろいろ聞かれ、家の電話番号と住所を書いたのを覚えている。
すぐに両親が駆けつけてくれた。
驚いたに違いない。
でも私は気付いていた。
タクシーの運転手さんも、警察官も両親も全て演技していることを。
交番のそばで、カメラで撮っていた人もいたし。
私が気づいていることも知らずに。
私は何も信用していなかった。
どうせ私の行動も全部見張っていると知っていたから。
私はこのあと、ある場所に連れて行かれた。
私をつかまえる為に、誰かが私の友達を装ってFacebookのアカウントを作って、私と連絡を取り合っていたんだと気づいた。
さっき追いかけてきた人もグルだったんだと。

私は、町からだいぶ離れた田舎にある秘密の場所に連れてかれた。
どこかわからない所。
草がぼーぼーに生え、周りは山になっていた。
外部と一切連絡ができない場所だった。
重要な秘密基地だった。
そこに着き、私はすごい睡魔に襲われた。
何日も寝ていなかったからだ。
私は長い間眠りについた。
起きた時、どこに自分がいるのかわからなかった。
健康管理のためといって、知らない人に血を取られ調べられ、何かよくわからない物を飲まされた。
私は閉じ込められたと思った。
そこは24時間監視される場所だったから。
監視カメラがついていた。
ある男の人が私に話しかけてきた。
私はこの人は私を知っていると気づいた。
今までのことを話した。
なぜかその人には話したいと思った。
私は世界の重要なことをわかってしまったから、監視されていて、狙われて、捕まって、ここに連れてかれたと。
その人は「ここは安全な場所で、外の世界から守られているんだよ」と目を見て言っていた。
嘘には思えなかった。
この人とこの場所は私の味方なのかもしれないと素直に思った。
私は1日に何度も眠りにつき、朝も夜も今何時なのかもわからなかった。
時計はあったけど、見るたびに自分の感覚とは違う時刻になっていた。
すごく不思議だった。
時計が戻ったり、進んだりしていた。
私は知った。
ここは飛行機の中だった。
だから時計がおかしかったり、少し揺れたりもしていた。
実際飛行機の音もしていた。
何で気づかなかったんだろうとびっくりした。
相当疲れていたのかなと。
私をどこかへ連れて行ってくれているんだと思った。
私はもう身を任せていた。
あの男の人の話を信用していた訳ではないが、もうどうにでもなれと思っていた。
飛行機の中は普通の部屋みたいになっていて、自由に歩くことができた。
揺れもそんなになかった。
飛行機の中には日本のテレビ番組がやっていった。
ここのテレビは不思議なことに、テレビを通して意思疎通ができた。
テレビ画面がカメラになっていて、テレビに映ってる人も、テレビを見てる人が見えるようになっていた
見ているお客さんの反応を見て番組が進行されていたからすごく面白かった。
全部生放送だし。
私は飛行機の中でテレビを見るのがすごく楽しかった。
他にも乗客はたくさんいた。
誰も知らない人だったけどみんな私のことを知っている様だった。
私が考えていたことを話すと、同じような事を考えていた人もいて意気投合した。
「ここは飛行機だよね?」と聞くと、「そうかもしれないね」と言っていた。
何も疑問に思わなかった。
みんなどうして自分がここにいるのか私と同じようにわからない人が多かった。
いろいろな人がいた。
私にずっと神様からの言葉だよって伝えてくれる人がいたり、どこかの研究者なのか世界の難しい話をしていた人、テレビを見ながら真剣にノートに何か書いてた人もいた。
この飛行機に乗ってる人はみんな何か重要な人物なのかもしれないと思った。
密かに集められているのかとも思った。
乗客の人みんなととっても仲良くなった。
一緒にご飯食べたり、遊んだり、おしゃべりしたり。
テレビも一緒に見ていた。
そこでは、ボードゲームが流行った。
とはいっても、トランプ、UNO、オセロの3つをエンドレスに。
私はどれも弱かった。
最初は。
何回もやってるうちに上位に登り詰めることができた。
何回も何回もやった。
それにしても、よく飽きなかったなあって思う。
乗客の人はみんな個性豊かだった。
お笑いが好きで、ずっと笑わせてくる人がいた。
私はツボが浅すぎてか、ずーっと笑っていた。
腹筋が痛すぎて毎日筋肉痛になった。
占いができる人もいた。
みんなその人に占いをやってもらっていた。
予約殺到だった。
私の番がきた。
もともと占いをあんまり信じてなかったから、最初は遊び感覚の軽い気持ちで占ってもらった。
でも、びっくりするほど当たって驚いた。
完全に占いをなめていた。
何でわかるの?と私の頭の中は?マークでいっぱいだった。
特殊能力だと思った。
音楽を作ってる人もいた。
いろんなジャンルの音楽を教えてくれた。
今まで聞いてこなかった音楽も知れてすごく新鮮だった。
でも、聞かせてくれるイヤホンの音量が爆発的に大きくて鼓膜が破れそうだった。
その人いわく、魂に響かないと音楽じゃないという。
確かに、その音量だと心臓や体中に響く感じがした。
魂に響く感じが少しわかった。
絵が得意な人がいた。
ずっと塗り絵をしていた。
静かな人だった。
私は静かに隣に座り、静かに一緒に塗り絵をした。
子供の頃以来塗り絵を真剣に取り組んだことがなかったから、懐かしかった。
意外と集中できて、軽く1時間。
ただただ塗っていた。
斜めに塗ったり、少し色を濃くしてみたり、バランスを見ながら色を選んでいくのも楽しかった。
飛行機の中では、寝る時間になるとみんながお菓子を持ち合って、お菓子パーティーが開催される。
それも真っ暗な中でのお菓子パーティー。
時間になると消灯されてしまうのだ。
それでもみんな寄ってきておしゃべりしながらパーティーが続く。
睡魔と食欲の戦いだった。
私は睡魔が勝ってしまい、いつも途中で抜けてしまう。
実際何時間パーティーが続いていたのかわからない。
あと、たまにイベントがあった。
カラオケ大会やビンゴ大会。
ヨガをしたりもした。
仲良さそうな3人の女の子たちがいた。
すぐに話かけてくれて、何才と聞いてきたから自分の年齢を言った。
一人の子は22歳と言っていた。
私よりも年上だった。
少し緊張した。
話ていくうちにその子は本当は22才じゃなかった。
何で嘘ついたんだろう。
理由は後で何となくわかった。
みんな10代の子たちだった。
何でここにいるの?と聞くと、施設が嫌でここに来たと言っていた。
施設?と私はわからなかった。
児童養護施設のことだった。
3人ともそこで暮らしてる子たちだった。
22歳と言っていた子は、生後6ヶ月からそこで暮らしていた。
何の為にご飯を食べるのか。
何で誕生日を祝うのか。
いつもギリギリで生きていた。
泣きたくても泣けないのに、ボロボロ涙を流して泣いてくれた。
歌詞書いてみたら?と言うと、満面の笑みで「書いてみる!」と言って、スラスラ書き出した。
出来上がった文章を見せてくれた。
凄く心が締め付けられるような、心が痛かった。
私は今でもあの文章、その子の溢れだす想いを忘れない。
剣が心に刺さったまま抜けない、一生懸命抜けない。
そんなことも言っていた。
大人をすごく憎んでいた。
大人の誰も信用していなかった。
大人が大嫌いだった。
でも生きていくためには、大人にすがるしかない。
大人が気にいるように振る舞うしかない。
どんな想いで今まで生きてきたのか、私にははかり知れなかった。
現実を受け止められないのに、未来はどんどんやってきて、時間が過ぎて行く。
誰なら救ってくれるのか、いつも大人を試していた。
あの子たちにも夢があった。
叶って欲しいと心から思う。


とっても楽しい日々だった。
私は時間を忘れていた。
ふと気づくと、何月何日なのかもわからなかった。
日付を確認したら、なんとあの日から1ヶ月も飛行機の中にいることがわかった。
私はこれはおかしいと思った。
何か変だと。
何かがおかしい。
昔話の浦島太郎じゃんって。
私はこの場所にいちゃいけないと思った。
逃げなきゃと思った。
危険な場所なのかもしれないと思った。
このままだとどこかに連れてかれて死んでしまうとまで思った。
私はこっそり、一番仲良くなった人に打ち明けた。
「お願い、どうにかここから出たいんだけど、どうしたら出れる?」と。
「この場所にいたらダメなの」と。
そしたら、「私も出ようとしたけど、全てのドア、窓は鍵が頑丈にかかっていて出られなかったよ」と教えてくれた。
私はそれでもとにかく出口を探した。
でも全てのドアや窓に本当に鍵がかかっていた。
私はやっぱり閉じ込められているんだと思った。
はめられたと。
絶望した。
私の中で何かが壊れていった。
世界が歪んで見えて、全てを疑った。
信頼するものなんて何もなかった。
全てが敵に見えた。
ここにいる人達も耳にすごく小さなイヤホンをして、誰かの指示で動いていることがわかった。
外にいる鳥も偽物で、カメラが付いていた。
自然が自然に見えなかった。
テレビも、外の世界とは映しているものが違くて、事件や事故、災害も全部嘘だった。
ドラマみたいに、全部演技だった。
すごく怖かった。
出されるご飯にも何かが入っていると思い食べれなかった。
でももう遅かった。
この一ヶ月間ここで食べてきたご飯に、小さなチップが混ざっていて、私の血液や脳、身体中にチップがうえつけられていたのだ。
これで、私が考えていることがわかったり、行動を抑制することができた。
私はロボットになってしまった。
生きた心地がしなかった。
勝手に脳内が忙しくなったり、体が重くて動かなかったり。
私は心がある、ロボット人間になってしまったのだ。
喋りにくくなって、表情がなくなったロボットになってしまった。
「私はいつからつくられたの?」と。
私はふと大変なことに気づいてしまったのだ。
頭の中にあったはずの、世界を平和にする方法が消えてしまったのだ。
思い出そうとしても思い出せない。
あんなに大事なことを忘れてしまったのだ。
頭にうえつけられたチップによって消されてしまったんだとわかった。
消去された。
今でも思い出すことができない。
誰がこんなことをしているのか本当にわからなかった。
犯人がわからなかった。
あの大事なことは絶対思い出さなきゃと思った。
私はひらめいた。
あの人なら知ってると。
パソコンで書いた文は消しちゃったから無いけど、パソコンをハッキングしたあの人なら知ってるはずと。
私は会いに行こうと思った。
でもここから出られない。
私は、あの「ここは安全な場所で、外の世界からは守られているんだよ」と言ってくれた男の人に話そうと思った。
ここの一番偉い人だと思ったから。
どうにか出られないかと、全部を話した。
その男の人は全部静かに聞いてくれた。
全てを受け止めてくれているような感じだった。
その時私の頭の中は前と比べて静かだった。
私が一通り話終わると、しばらく沈黙が続いた。
私はその男の人からあることを告げられた。

「あなたは病気です」

「え?」
私は本当にロボットかのように固まってしまった。
息をしていたかもわからない。
私の頭は一時停止をしていた。

「私は精神科医で、あなたの主治医、ここは飛行機の中じゃなくて、病院だよ」と。
私は理解ができなかった。
「あなたはハッキングもされてないし、監視もされていない」
「全部あなたの頭がつくった妄想の世界なんだよ」
「ご飯の中には何も入ってないし、頭の中にチップも入ってない」
「ここにいる患者さんたちは、あんなたと同じ病気の人もいて、あなたと同じように治療しないといけない人たちなんだよ」と。
私は信じれなかった。
私の中ではこれが現実で、妄想なんかじゃないと確信があったから。
妄想が何かもよくわからなかった。
先生が言うには、「あなたがパソコンに書いたのは現実だと思うけど、よくわからない文字や、パソコンやスマホのハッキング、カメラで撮られていること、名古屋駅での出来事、世界が変わったことも全部幻覚や妄想なんだよ」と言っていた。
この人は何を言ってるんだと、この人も私の敵だったのかもしれないと思った。
これも向こうの作戦で、私をここから出さないように上手く仕向けているんだとすぐ気づいた。
本当にここは危険だと分かった。
自分の目で確かめなきゃと思った。
やっぱり私はどうにかここから出ないといけない。
こっちはこっちで、何か策を考えなければ。
とりあえず、罠にはまったフリをして、「先生、1日でいいから外の空気を吸いたいので出してください」とお願いした。
先生はすごく悩んでいた。
頑張って罠にはまった患者のフリをして、先生を説得することができた。
嘘もたくさんついた。
1日外泊の許可がでた。
でも条件付。
外に出る時は、誰かと一緒に行動すること。
私はある企みをしていた。
家に着き、私は荷物をカバンに詰め込んだ。
私は外の世界を自分で確かめたかった。
私は大きな荷物を抱えて勢いよく家を飛び出した。
置き手紙を置いて。
「東京に行ってきます。明日帰ってきます。」
私の心臓はドクドクなっていた。
新幹線に乗って東京に向かった。
私はまたもや行きの新幹線代と数千円しか持って行かなかった。
東京に来たはいいものの何をしようと。
何で東京に逃げてきたのかもわからない。
ただ直感で東京に来てしまったのだ。
東京でも同じように、監視カメラがたくさんあって、黒い窓の車がいて監視は続いていた。
でも誰一人私に話しかけてくる人は誰もいなくて、ただただコソコソしていた。
私はすごく苛立っていた。
私は電車に乗った。
すると、席の前に座っていた男女が私の目の前で聞こえるように私の話をしだしたのだ。
私は凍った。
私はその二人を睨んだ。
でも一向に目を合わせようとしない。
私に何かを試しているようだった。
私は悪口を言われながら耐えていた。
怒りがこみ上げてきた。
やっぱりみんな知ってるんじゃんって、なんでコソコソしてんのって。
私は何とも言えない虚しさで、涙が溢れてきた。
東京の街を歩いても、誰も目を合わせてくれない、私を避けるようだった。
私はプツっと何かが切れてしまった。
私は車が走っている道路に飛び出した。
死のうと思ったわけじゃないが、体が勝手に。
ひかれる寸前に誰かが助けてくれた。
ひかれてもおかしくなかった。
完全に自殺行為だった。
わたしは我に返った。
何も言葉が出てこなかった。

救われた。

私はそれからすぐに名古屋に連れ戻されてしまった。

私はまたすぐに、あの場所に連れてかれた。
先生に怒られた。

先生は「今の状態で外に出ても、東京であったみたいに怖い思いをする」
「まだわからないと思うけど、あなたは今病気なんだよ」
「混乱してると思うけど時期に良くなるから、今は入院して治療してこうね」
「今のあなたの世界は、あなたの頭がつくった妄想の世界」
「現実とは違うんだよ」
「少しづつ気づいてるかもしれないけど、自分でもおかしいなって思うことがあると思う」
「療養して、薬も飲んだら、ちょっとづつ戻ってこれるから、大丈夫だよ」と。
先生の言葉は図星だった。
私もどこかで気づいていた。
何かがおかしい。
世界がおかしいんじゃなくて、私がおかしいのかもしれないと。
東京に行く前に先生に告げられたこと、信じてなかった。
信じてないんじゃなくて、信じれなかった。
信じたくなかった。

あの日からの出来事も、全部実際には何も起きていなかった。
私の妄想の世界だった。
外の世界ではいつもの日常で、事件や事故、災害も本当だった。
私は信じられなかった。
信じたくなかった。
混乱した。
私は独りで幻実の中にいた。

私は先生に「あとどのくらいここにいないといけないんですか?」と聞いた。
先生は「あと1ヶ月くらいかな」と。
病気の説明もしてくれた。
私は混乱していたけど、現実を受け止めようと必死だった。
自分なりに振り返ったり、頭を整理したりした。
振り返ると確かに変な点がいくつもあった。
外泊した時に確かめた。
街にスピーカーなんてなかったし、知れ渡ってるはずのシナリオの内容を誰も知らない。
名古屋駅で待ち合わせしてたはずの友達も来なかった。
聞いてみるともともと約束なんかしていなかった。
名駅で追いかけてきた人は誰だったのか。
私がFacebookで勝手に友達だと思って連絡していたのかもしれない。
実際ここを飛行機だと思ってしまっていたこと。
しかも、1ヶ月間も。
ここで独り言を言ってる人が多かった。
眠れない人が多かった。
パソコンにハッキングしていたと思っていた人も何もしていなかった。
もし私のこの世界が本当なら、誰がなんのためにしてるのか一向にわからなかった。
だんだんこれは変かもしれないと思ってきた。
あれもこれも全部なかったんだと、違ったんだと。
すごく悲しくて辛かった。
何もなかったことだったんだ。
しばらく私は殻にとじこもった。
毎日毎日病室の自分のベットでカーテンを締めて、独りで声を出さないように、目の蛇口の閉め方もわからず、止まらない涙を流し続けながら過ごしていた。
鼻も耳もつまり、一日中窓のカーテンを閉めて隙間から入る光が眩しくて痛くて、夜になって泣きながら眠り、朝が来てパンパンに腫れた目を開き、心臓がまだ動いてるのを確認して、頭に響く耳鳴りを聞きながら毎日生きていた。
もう何が本当の現実かわからなかった。

どれだけ神様にお願いしたかわからない。
神様は助けてはくれなかった。
神様はいないって思った。
いてたまるかと思った。
それ以来私は神頼みをしなくなった。

1ヶ月後私は退院することができた。
この入院期間、患者さん達の一生懸命もがき苦しむ生き様をこの目でずっと見てきた。
ずっと退院できるまで、話をたくさんしてくれてずっと見守ってくれた病院の先生、看護師さん、一番年下だった私をすぐに受け入れてくれて、助け合いながらずっと一緒に過ごしていた患者さん達、この人達のおかげで、退院できる頃には、あんなに逃げたかった場所なのに、大好きな場所になってしまっていた。
離れたくなかった。
大泣きして退院した。
苦しかった。


それから病気と付き合っていく毎日が始まった。
病気は見た目ではわからない。
薬も毎日飲む。
同じような病気で苦しんでる人は世の中にはたくさんいて、まだまだ解明もされていない。
自分が今病気なのか病気じゃないのかももうわからない。
いつ再発するのかもわからない。
何をするにも、今、ちゃんと自分でいるかな?大丈夫かな?って何度も確認する。
今でもやっぱりあれは妄想じゃなくて本当だったんだと思ってしまう時もある。
誰かが盗撮していて、盗聴して監視しているっていう感覚は消えない。
この感覚はこの先も消えないだろう。
信頼する人に「そんなことされてないから大丈夫だよ」って言われても素直に信じることができない。
今も時々怖くなるけど、もう全部見せる気持ちで、どうぞ見ればいいって開き直ってしまったた。
隠さない、隠れない。
自分で確かめたことしか信じれなくて、その自分にもたくさん裏切られ、もう誰に助けを求めたらいいのか、誰なら助けてくれるのかもわからない。
再発したら、今まで築いてきたものがなくなってしまうのが何よりも怖い。
今まで頑張ってきたことも、仲良くしていた人も離れていっちゃうんじゃないかって不安になる。
それでも生きなくちゃいけなくて、何に希望をもって生きればいいのか、何のために生きていくのか。
でも、辛すぎた四季も何もない年月を、気持ちをずっと忘れたくない。
無かったかのようにいなかったかのように忘れていくのは悲しい。
いろいろなことを抱えながら、本当は気づいて欲しいけど気づかれないようにしてしまう人達、言えない言わないだけの人達、どこにでもいる普通の人を装っている人たちは世の中にたくさんいる。
心配してくれて「どうしたの?」と聞いてくれる優しい人がいても、どうゆう風に言葉にしたらいいのかわからなくて、伝えようとすると涙がたくさん出て、いつになっても話せない。
それでも言葉にしないと伝わらなくて、そんな苦しんでいる人はたくさんいる。
誰かと笑っていないとずっと泣いてしまう人たちがいる。
誰かの助けがないとずっとその場で立ち止まってしまう人たちがいる。
「助けて」の一言が言えない人たちがいる。

ボロボロの私を助けてくれたのは、あんなにお願いした神様じゃなくて、家族や友人、いろいろなところで励ましてくれた人たちだった。
“人”だった。
人を助けられるのは本当は神様じゃなくて人の優しさ。
人を傷つけるのも人だけど、それを助けられるのも人。
神様はちゃんと見守っている。
今は、見守ることしかできない神様の気持ちもわかる。

私は大きい決意をした。
それは生きるか死ぬか。
たくさん悩んで生きることを自分で選んだ。
今でも本当はボロボロで、誰かと笑っていないと潰されそうで、もう長い間体に染み付いた悲しみと苦しみは取れなくて、これはどれくらいの時間をかければ治っていくのかもわからない。
それでも生きると決めたからには、全力で生きていきたい。
もうどうにもならないことでも、絶対なんとかなる。
寄り添ってくれる人がいて、支えてくれる人がいる。
苦しくなったら言えばいい。
言えなかったら泣けばいい。
そしてまた笑えばいい。
今は四季を感じること、美味しいご飯を美味しいって言って食べること、誰かと楽しくおしゃべりすること、そんな日常的な普通の小さなことが本当に嬉しい。
幻実の中にいたっていい。


おわりに
この物語を書きたいと思ったのは私が19の時。
丁度入院していた時。
私の世界と他の人の世界が違うんだと気づいた。
同じ世界にいるはずなのに、一人全く別の世界で生きていた。
全てが敵に見えて、一人で世界と戦っていた時だ。
統合失調症という病気と診断されたのも丁度この時。
この物語は私がこの病気を発症した時の世界の話。
私がこの物語を書こうと思ったのは、単純に私の世界を誰かに聞いて欲しかったから。
聞いて欲しくて仕方がなかった。
今思うと本当に非現実的で、現実ではありえないような映画の中にいるような感じだった。
人に直接話そうと思うと、「病気だからでしょ」という一言で片付けられてしまうような気がして、聞いて欲しいけど話したくなかった。
でも物語にしたら、きっと面白いと思って書き始めた。
今でもこの病気で苦しんでいる人はたくさんいて、生きていくのが辛い人、命を絶とうとしている人、絶ってしまった人もたくさんいるのが現実。
当事者じゃないとわからない苦しみや、痛み、他の人に理解してもらえない悲しみ、色々なことが重なって絶望的になってしまう。
だからこの物語を読んで、病気を理解してほしいと言うより、「こうゆう世界もあるんだ」「こうゆう人たちもいるんだ」と知って欲しい。
そして、偏見や差別をするんじゃなくて、仲間に入れて欲しい。
もっとこうゆう話を気軽に話せて受け入れてもらえる社会になって欲しい。
目に見えない病気や障害で苦しんでいる人たちはたくさんいる。
世界の方からそっと寄り添えるような未来になって欲しい。
そんな願いを込めてこの物語を書きました。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

【完】






























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