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人生の別離を描いた短編集の直木賞作品「夜に星を放つ」

本(夜に星を放つ)(ネタバレありです)

今年下半期の直木賞受賞作品です。同時に発表される芥川賞は文藝春秋で読んでいますが、直木賞の方はオール讀物では全文が掲載されないので、単行本を買ってまで全文を読む機会はなかなかありませんでした。
ただ今回はその書評を読み、冒険物や時代活劇ではない内容に惹かれ、単行本を買って読んでみました。

本の題名は短編集のもので、各タイトル5作品が収められており、タイトルにもあるようにそれぞれの小説に星が登場します。物語の主人公はごく一般的な市井の人達ですが、様々な心の痛みを持ちながら生きています。
1作目の「真夜中のアボガド」では双子の妹の死、2作目の「銀色紙のアンタレス」では離婚間際の女性への恋心、3作目の「真珠星スピカ」では幽霊となった母の死、4作目の「湿りの海」では妻と離婚した後のシングルマザーとの出会い、5作目の「星の随に」では離婚して別居した母。

死別や離婚などで家族や親しい人との別れといった心の影の部分を抱えながらも、光の部分である新たな生活を模索しようとする姿が描かれています。それは影の部分を否定することではなく、そうしたことも含めてあらゆる経験を積み重ねながら、人生を正直に生きていこうとする姿勢でもあると思います。 

上記のことを鑑みると、筆者自身がお子さんを亡くされていることが作風にも影響していていると思いました。作家というものは私小説に限らず、自身の人生経験が作品のモチーフになることが多く、創作とは自己の感性や価値観をさらけ出す作業であるとも言えます。

自伝的作品というのは数多くありますが、三島由紀夫の「仮面の告白」もそうですし、最初に読んだ時にはよくここまで書き込んで発表できるなというのが正直な感想でした。
小説の主人公には作家の人生が投影されるものであり、この作品集でも各作品の主人公に、作家自身の遠景を見る想いでした。

私も含めて人というものは、文章を書くとなると思わず構えてしまいがちになりますが、この筆者のように、心をフラットにして自身の本音を文章で表すことが、読者の共感を呼び、特に心に痛みがある読者には、当事者としての実感を再度味わうことができるものだと思います。

いかに文章を飾らずに率直な心情を吐露できるかが、文章力以上にその感性力が肝要になると再度認識した次第です。

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