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太りむすめと100人のファンたち 下

「われらもいくでござる!」


なんと、家来衆の中からも、海に飛び込む者が出始めた。

「お前たち、もう赤クジラ液はすぐそこだ。今行ったら、確実に死ぬぞ。」


殿は言うが、

「それぞれの太りむすめにファンがついているので、横の連携がとれていません。もうすぐ人の輪がほどけてしまう。そこをくさびのように締めるのが、われらの役目。子どもたちと太りむすめのためでござる!」


ふんどし姿になった家来衆たちが次つぎに飛び込む。

「ああ、太一、与助、正二郎、玉之丞……うっくう。」


殿の目から、涙が流れた、そのときだった。

どっか―ん! ひゅ~。ぽちゃ。

「殿、何かが飛んできて落ちましたぞ!」
「あ、海の水の色が! 爺!」


赤クジラ液で真っ赤だった海の色が、みるみるうちに、ふつうの海の色に変わっていく。

「なんだこれは……。あ、あれは南蛮船!」


そう、技術の進んでいる南蛮船が、赤クジラ液の中和液を大砲で打ち込んでくれたのだ。

赤クジラは、南蛮船の音を聞いて逃げた。

殿が南蛮船を見る。

「奈太理亜、おまえのおかげか。」


南蛮船に乗った奈太理亜が、ぷいとあちらを向く。

日本語がわからなくても、何が起きていたのか、理解してくれたのだな――。そして、南蛮船の船長に頼んでくれたのか……。

「赤クジラ液が消えたぞー!」



残った兵や男たちが海に入り、まずは子どもを助けた。その後、「浮き」となっていた百貫むすめやそのファンたち、家来衆たちを引き上げた。


その後、城に南蛮船の船員全員を招いて、大広間で大宴会が行われた。
南蛮人との交流は天下のご法度なのだが、

「本日は無礼講なり。日の本も南蛮も、今日だけは共に祝うものなり」


と言う殿の言葉に、みんながわいた。

同じ、海の男だ。酒が入れば、なんとなく話は通じるもの。殿は上手に絵筆を使って、絵会話で南蛮人を爆笑させていた。盛り上がったころ、すきを見て、殿は隣の間にそっと足を踏み入れた。

そこは第二大広間だった。
子どもたちを助けるために海に入った者たちが、眠っていた。
太りむすめたちとそのファンたち、家来衆たちも眠っている。
南蛮人は、ヒト向けの中和液までくれたのだ。

しかし、中和液が間に合わない者たちもいた。


いくら太りむすめと言っても、子どもたちが乗ったら、沈むのは当然。それはさせじと、太りむすめたちを下から順番に、懸命に支えていたファンたちがいた。彼らは真っ先に赤クジラ液に触れ、命を落としていったのだった。

その中に、我先にと太りむすめを助けに行った、小姓の雪丸がいた。すでに体が4分の1ほど、溶けている。


「殿と太りむすめ、子どもたちの役に立てれば、本望。どうか後世には、太りむすめが子どもたちを助けたと、赤クジラから助けたと、どうか、どうか記述くだされ――。」


「わかった。雪丸。よくやった。それでこそ男だ。」
他の者も「太りむすめの手柄にしてくれ」と言い残して、亡くなった。

死者、四十三。
ほとんどが、太りむすめたちにも、名前すら覚えてもらえていなかった男たちだ。しかし、それでいい。おらが推しの太りむすめだけは助けたい――。

そんな思いで力を尽くし、死んでいったのだ。太りむすめたたちは、そのひとりひとりの手を握って、弔った。きっとあの世で、感激しているだろう。


皆の願い通り、歴史書には、太りむすめが子どもたちを赤クジラから救った、と記載された。

ファンたちのおかげで、おつるは背中の皮が溶けた程度の軽い傷で済んだ。


おつるは覚えている。
下にいて支えてくれていたファン、周りで支えてくれていたファンが、目の前で沈んでいったこと、するとすぐにつぎのファンが顔を出して、おつるを支え、助けてくれたこと。

「ありがとう。ファンの皆さん。」
彼らのことを思って、おつるは涙をこぼした。


殿は言った。

「貴様たちの太りむすめ愛、しかと見届けたぞ!」



殿は爺とともに、こっそりと、死者四十三名の家族には、終生、困らないだけの援助を続けることを約束した。遠くから来ていたファンもすべて身元を調べ、その者の家族にも同じように、分け隔てなくこっそりと、金銭を送り続けたという。

また、海辺の端の端、誰も来ない岩場の先の洞窟の奥に、小さいけれどしっかりと、

「太りむすめとともに、子どもたちを助けた勇者たち」

として、全員の名前を刻印したプレートがはめ込まれた。

きっと、誰も見る者はいないだろう。
しかし、殿はつくらないではいられなかった。



すべてを終えて、海を眺める、殿。
「しかし、太りむすめ好きがこんなにいたとは驚きだ。」
殿は、くくくと笑った。

「オレも殿じゃなかったら、真っ先に飛び込みたかったんだけどな。」


ポーンと石をける。


その後、太りむすめたちは表彰され、身分の高い男性たちに望まれて輿入れした。

おつるは、以前から好きだった、お堂の家の辰之進と結婚した。ふたりで、お堂の家を続けていくのが夢だという。そこで、お堂の家をはじめ、みなしごの施設への配給を増やすように、殿は命じた。

「殿! ありがとうございます!」


おつると辰之進は、笑顔で言った。


殿は親が決めた政略結婚の娘と、3年後に結婚した。ごく普通の体形の、ごく普通の娘だったそうだ。殿は、文句のひとつも言わなかった。

5人の子どもをなして、「紀州の名君」と呼ばれた。


そして、毎年行われる「太りむすめフェスタ」を楽しみにしていて、いつも妻や子どもたちと見て回ったそうだ。年々来場者は増え、新宮藩は、「太りむすめの聖地」と呼ばれるようになった。

毎年、殿は子どもたちに、「赤クジラから子どもたちを救った太りむすめと男たち」の話を繰り返し、繰り返し話していたそうだ。

依光は、八十六歳という、当時で言うとかなりな長寿で、この世を去った。


年老いたおつるなどの元祖太りむすめから、今の太りむすめなど、その数500人以上が葬儀に参列すると聞いて、日本全国から、ものすごい数の太りむすめファンが押しかけたという。

太りむすめと、命を懸けたファンに幸あれ。


テーマ違いすみません。
加筆修正、すみません。

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